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あの日の午後。あたしは有希と映画を見に行った。 なんてことはないコメディ映画。 どうしても見たかったわけではないが、何かしらの理由をつけて有希と遊びに行きたかった。 もちろん有希は、いつも通りのなんともいえない反応。 そりゃそうよね、コメディ映画のくせに中途半端だったし。 面白ければ、有希は決まってこう言う。 ユニーク、って。 最近は暇さえあれば、有希を引っ張って色々出かけている。 動物園や遊園地、ウィンドウショッピング、今日の映画だってそう。 なんだかデートみたい。 分かってると思うけど、あたしに同性愛の趣味はないわよ? 一緒に行った場所は、本当はあいつに連れて行って欲しかった場所。 もう無理だと分かっていても望んでしまう。 あたしってばしつこい女よね。 でも胸の内くらいならいいじゃない。 もちろん有希をあいつの代わりにしているわけじゃない。 有希は大事な大事な親友。 みくるちゃんや古泉君、鶴屋さんだって大切な友達。 でも、今のあたしがほんとの意味で心を開けるのは、有希だけ。 寡黙で無表情。何を考えてるか分かるようになるまで、随分とかかったわ。 だけどそんな有希と一緒にいるときのあたしは、とても穏やかでいられる。 でもその日の有希は、最初から用事があったらしく、映画を見終わった後に帰ってしまった。 まったく、あたしを残して用事とはいい度胸ね?次はないんだから。 ……さぁて、暇になった時間で何をしよう。 そういえばこの間、新しい小物屋さんが駅前の外れに出来ていた。 とりあえずはそこを見てくることにしよう。 それからのことはその後決めればいい。 でも、それは間違いだった。 結論から言えば、おとなしく家に帰ればよかった。 なぜなら、あたしが一番会いたくない人に出会ってしまった。 そして最低な行動を。 嫉妬って、本当に醜いわよね。 あの日の午後。私は橘さんと一緒に休日を過ごしていた。 「あっ!これこれ!これは佐々木さんに似合いそうですよ」 ぐいぐいと橘さんに手を引かれ、店先まで連行される。 「本当だ。確かに可愛いね。でも私に似合うかな?」 今日は朝からずっとこんな調子。 以前は一緒に行動することが多かった。 でも近頃は休みになると彼と遊びに行くことが多くなった。 今日は彼とは会わない、そう言った途端に連れ出され、今に至る。 「佐々木さんなら何でも似合うのです!」 褒められてるのかどうかよく分からない。 けど、橘さんの感性は彼に近いものがある。もちろん悪い意味で。 「佐々木さん!これもこれも!」 そう言いながら次々に品物を持ってくる。 私が彼ならこう言う、やれやれ。 周辺の店をあらかた回った辺りで、橘さんの携帯が鳴った。 「はい、橘です!」 元気に電話に出た橘さんの顔は、みるみると不機嫌になっていく。 時間にして二、三分といったところかな?通話を切り、肩をガックリと落とした橘さんは、ゆっくりとこちらを向いた。 「……お仕事が入りました」 橘さんの言う仕事は、私に関連したもの。内容は聞いたことがない。 「なんで今?」 「……大人の都合なんて分からないのです」 うわぁ、すごい落ち込みよう。さっきのテンションから比べると、軽くマイナスには到達してると思う。 「せっかく佐々木さんと久しぶりに遊びに来れたのにぃ」 「また来ようよ、ね?なんだったらお仕事終るまで待ってるよ?」 落ち込む橘さんを慰めるように声をかける。 私と遊びに行くのをここまで楽しみにしていてくれたのは、正直悪い気はしない。むしろ嬉しい。 「どれくらいかかるか分かんないんで、今日は解散したほうがいいと思います」 溜息混じりにそう言う。 「でも!また遊びに行きましょう!約束なのです!」 「もちろんだよ」 そう答えてあげると、橘さんは嬉しそうに微笑んだ。 その橘さんの笑顔は相変わらず眩しい。 名残惜しそうな橘さんの背中を見送る。 ぶんぶんとこちらに手を振っている。 周りの視線が少し痛い…… 結局お互いの姿が見えなくなるまで、橘さんは何かしらのアピールをしていた。 今はまだ午後三時。 さて、どうしようかな。彼に連絡を取る? ダメ。彼は今日友達と遊びに行くと言っていた。 彼と一緒にいるのは、私の友達でもある国木田くんと、もう一人は……よく知らない。 今日は家の合鍵を忘れてしまったために、夕方まで家にも帰れない。 ……そうだ、駅の近くに新しく出来たお店に顔を出してみよう。 そして、せっかくだから少し装飾品を見てみよう。 彼の気に入ってくれそうなものがあればいいけど。 とはいえ相手は唐変木。そんなアピールも無駄になることだろう。 お店が私の視界に入ってきた。 可愛らしい小さな店。店構えは上々。 これは少しは期待していいかも。 中に入ると、装飾品というよりは小物が大半を占めていた。 しかしそれがなかなかいい。値段もお手頃。 これはいい発見をした。今度彼も連れてきてみよう。 小さな店だから店内も狭い。私の他にいるお客さんは三名。 カップルと、女の子。 ん?あの子どこかで見たことある。そう思っていると、その子がこちらを見た。 「あっ」 視線があった途端のこのリアクション。間違いなく向こうは私を知っている。 思い出さないと。こちらだけ覚えてないなんて相手に悪い。 あちらはあちらで、少し居心地悪そうな顔をしている。 ダメ。出てこない。喉まで出かかっているのに。彼女には申し訳ないが、名前を聞こう。 「あの、悪いんだけど、どこかで会った事あったけ?」 そう言うと彼女はとても困った顔をしてしまった。どうしよう。 「お、お互いに面識はないわ。でも、知ってるわ」 イマイチ分からない。 「えっと、デジャブ?」 私の言葉に彼女は首を横にふる。 「あたしは涼宮ハルヒ。あなたは……キョンの彼女よね?」 恐る恐る聞いてくる彼女。 どおりで知っているはずだった。名前を聞いてすぐに思い出した。 もうひとりの力を持つ少女。 世界を自分の思いのままに出来る、私よりも強力な力を持ち、彼が所属するSOS団なる部活の部長。 あれ?団長だったけ?この際どっちでもいいや。 それにしても何故私のことを知っているのだろう? 「私は佐々木。キョンに聞いたの?」 聞いた話だと彼女は自分自身の力のことを知らない。 それと同時に周囲の出来事も気付いていない。 「え?そ、そう。そんな感じよ」 ぎこちない笑顔を浮かべて返事をしてくる。 「涼宮さんってことは、キョンがお世話になってる部活の人だよね?」 「……そうよ」 もしかしたらこれはチャンスかもしれない。 彼女には興味があった。 同じ力を持った、つまり同じ境遇の人物。 普段は状況も立場も違うから直接は会えない。 以前、涼宮さんに会ってみたいと言ったら、橘さんに酷く怒られたことがあった。 彼女は危険だ、と。 でもどういう人間なのかを知るいい機会。 「涼宮さんはこの後予定は?」 「え?ないわ」 初対面でこんなことを言うの変だけど、お互いの取り巻きがいない今が、唯一の機会。橘さんごめんね? 私はダメもとで言ってみた。 「もしよかったら、そこの喫茶店で少しお茶でもしない?」 「あたしと?」 予想通りの反応。私も逆の立場だったら同じような反応をすると思う。 「無理にとは言わないけど」 「……別に構わないわ」 「よかった、それじゃ行きましょ?」 そう言って店を後にした。 買い物はまた後日。そのうち彼と見て回ることにしよう。 なんであたしはここにいるんだろう。 相手はいわゆる恋敵。 ううん。恋敵どころかすでに勝敗は決している。 あたしの完敗。 恨んでいるというわけではない。 ただ、羨ましい。あの人は私じゃ手に入れることの出来なかったものを手に入れている。 気持ちが揺れる。久しぶりに気持ちが不安定になる。 「私はアイスコーヒーで。涼宮さんは?」 「同じものを貰うわ」 おまけにここはいつも団活で使う喫茶店。複雑な気分にもなるってもんでしょ? 本来ならここはあたしのテリトリー。それでもなぜか居心地が悪い。 とっとと用件を聞いておさらばしましょ。うん、それがいい。 「で、何のようなの?」 少し口調が強かったかも。恋敵だと思ってるのはあたしだけなのに。 「大した事じゃないんだけど、普段部活でのキョンってどんな感じなのかな、って」 あたしにそれを言わせるの?そんなの本人に聞けばいいじゃない!? それともなんかの嫌がらせ?ふざけないで! ……だめ、落ち着かなきゃ。これじゃただの八つ当たりじゃない。 この人は……あたしがあいつのことを好きだったなんて、知らないんだから。 「どんなって、いつも通りじゃない?」 目線を外してぶっきらぼうに答える。 どうしてこういう態度をとってしまうんだろう。 「そうなんだ。キョンが部活が楽しいって言ってたから、少し気になってたんだ」 あっそ。それは良かったわね。 「それにしてもあたしとは初対面でしょ?よくお茶なんかに誘えるわね?」 「だってキョンが入ってる部活の部長さんでしょ?悪い人だとは思えないから」 部長じゃなくて団長よ!……あたしはこの人とは合わない。イライラする。 それ以前に、あたしの前であいつの話をしないでよ! 佐々木さんは確かに可愛い。 あたしと違っておしとやかに見えるし、なにより私があいつと過ごした一年間より、ずっとずっと長い時間を過ごしている。 ねえ有希?あたしはどうすればいいの? このままこの人のノロケ話に付き合ってあげたほうがいいの? でも無理よ、そんなのピエロじゃない。 じゃあ言ってやればいいのかな?あたしの方があいつを、キョンを好きだって。 そんなことを言えばきっと……今あるキョンとの関係も崩れる。 ただでさえギリギリのバランスの上に成り立っている。次に傾くことがあれば、それは修復不可能になってしまう。 そもそも、あたしがキョンにちょっかい出してたのは、迷惑をかけたいからじゃない。 あたしを見ていて欲しいから。それだけ。 「涼宮さんは学校楽しい?」 「……あんまり」 ここ最近はずっとそう。あいつに告白してからというもの、全てがぎこちなくなってしまった。 そういえばなんかの本で読んだっけ。 友情を超えてしまった愛情は、友情に戻すのは簡単ではない。 完全にそんな感じ。もちろん表面ではいつも通り。 そうしないと有希が心配する。 「……佐々木さんはキョンのどこが好きなの?」 あたしはなにを聞いてるんだろう。相手からノロケ発言を言わせるようなことを言って。 ほんと、馬鹿みたい。 「えっと、その、私にもよく分からないの。でもあえて言うなら、一緒にいた時間が長かったぶん、離れてみたら急に気付いた」 何よそれ。そんなこと言われたら何も言い返せないじゃない。 「そんなとこかな。ほら、キョンは朴念仁だし、とりわけ容姿がいいわけじゃないでしょ?」 「それには同意だわ」 実際そうよね。変に達観したようなそぶりを見せて、でも抜けてて、優柔不断で、……あたしはそんなやつのどこが良かったんだろ? 「やっぱり他の人にもそう思われてたんだ。ほんと、変わんないだから」 「中学の時もあんな感じだったの?」 気付けばあたしはこの人の話に付き合っていた。 話を聞けば、中学時代のキョンも今と全く変わらない。あいつは体格以外で成長しているところないんじゃないの? 「……佐々木さんは、ほんとにあいつのことが好きなのね」 そう言われた佐々木さんは、顔を赤くして頷く。 だって、あいつの事を話している時の表情が嬉々としているもの。 かなわないなぁ。 有希、どうやらあたしの完敗で間違いないみたい。 でも、次に佐々木さんが言った言葉で一瞬にして空気が変わった。 あたしが変えてしまった。 佐々木さんはにこやかに言った。 その言葉には、嫌味も嘲笑もない。純粋な興味の言葉。 「涼宮さんは彼氏とか好きな人はいるの?」 あたしは次の瞬間、手に持った水を佐々木さんに浴びせていた。 佐々木さんは突然のことに呆けていた。 あたしも自分の行動にビックリよ。 でも、体が反応した。今思えば、あたしは少し泣いていたかも。 このときほど感情的になったことは、ここしばらくないと思う。 想像してみてよ。まるで昼ドラみたいな展開よ? あたしは佐々木さんに謝ることもなく、その場を後にした。 あの喫茶店には行きにくくなるわね。 どう考えてもあたしの行動は悪いことだと思う。 佐々木さんは嫌味な気持ちで言ったわけじゃないのは理解している。 でも、あの言葉をあの人の口から言われたら……我慢が出来なかった。 驚いた。こういうかたちで水をかけられたのは、生まれて初めて。 私の言葉が彼女の逆鱗に触れてしまったらしい。 正直、怒るようなことを言ったとは思えない。 思えば彼女は、私の話を辛そうに聞いていたようにも見えた。 なぜ? 話の内容の大部分は彼のこと。 なら、答えは一つ。 ……好きだったんだ。彼のことが。 これは迂闊だった。自分の行動、言動を思い返す。 最低だ。本当に最低。人の気持ちも考えずノロケ話をして、挙句の果てのあの質問。 今日話して分かった。 彼女は私と同じ特殊な力を持つとはいえ、一人の普通の女の子。 それを身をもって知った。 喫茶店の店員からハンドタオル借りて、服を拭く。 これ以上ここにいる理由はない。会計を済ませ、店外へ。 外に出て人通りの少ないところを歩いていると、見覚えるのある顔がこちらに走ってくる。 「さ、佐々木さん平気ですか!?」 橘さんだ。ツインテールを振り乱し、息を切らしながら私の手を握る。 「え?平気だよ?」 彼女には全て筒抜けだと分かっていても、つい強がりを言ってしまう。 「平気なわけないじゃないですか!!相手はあの涼宮ハルヒなのですよ!会うんだったらせめて、せめて一言ぐらい言って下さい!」 「ご、ごめんね」 あまりの剣幕に少しひるんでしまう。 「情報が早いね」 なんとなくは見張られていると思っていたけど、こうも迅速に情報が伝わっていると少々不気味でもある。 「佐々木さんのことなら何でも知ってますよ!」 そう言って控えめな胸を張る。……これは人のことは言えないか。 でも、あまりにも堂々とストーキング宣言するのはどうかと思う。 「あっ!服が濡れてますよ!どうしたんですか!?」 濡れた上着を指さして言ってくる。 「す、少し落ち着いて」 興奮した彼女は扱いづらい。 「すぅーーはぁーー。……はい!落ち着きましたよ!それで涼宮ハルヒと何をしてたんですか!?」 変わらぬテンションで言ってきた。 仕方なく、私は洗いざらい話した。 たまたま会って、お茶をして、話をして、怒らせて、水をかけられた。要点を抑えるとこんな感じ? それを聞いて橘さんが言った言葉が、 「ただの逆恨みじゃないですか」 身も蓋もない。 「だってそうじゃないですか。佐々木さんは悪くないのです」 「……そう簡単な問題じゃな」 「そんなことより!」 私の言葉を無理矢理中断させると、彼女は言葉を続けた。 「分かっているのですか?佐々木さんは涼宮ハルヒを敵に回したのですよ?」 「敵って、そんな大げさな」 「大げさじゃないです!相手は佐々木さんが力を付けるまでの間だとしても、紛れもなく神(仮)なのですよ!」 詰め寄るようにそう言ってくる。話は止まらない。 「佐々木さんは涼宮ハルヒを怒らせたんですよ?もしかしたら、もしかしたら佐々木さん、消されちゃうかもしれないのですよ?」 そうだった。もし私のことが邪魔だと彼女が思えば、私はこの世界から消える。まるで最初からいなかったように。 「軽率です!軽率すぎます!」 「ごめん」 「どれだけ心配してると思ってるのですか!」 彼女は私の身を真剣に案じてくれている。とても嬉しい、けど…… 「……私は涼宮さんに酷いことを言っちゃったよ」 そのことが自分に重くのしかかる。 もし自分が同じことを言われたら? 水をかけたかどうかは分からないけど、憤りを感じるのは間違いない。 そしてきっと、好きだった、ではなく、まだ好きなんだと思う。 でも、どうしよう。 私個人としては涼宮さんに謝りたい。 でも、彼女の性格からすると、火に油を注ぐような行為だと思う。 「とにかく!涼宮ハルヒとはなるべく接触しないで下さい!」 橘さんの目尻に涙が浮かんでいる。 そのあと、少し話をして橘さんと別れた。 今夜また電話をすると言っていた。私がこの世界にいるかの確認らしい。 一人になった私は考えた。 涼宮さんは魅力的な女の子だった。 私よりも彼と一緒にいる時間が長い分、浮気をするかもと思ったけど、そこは彼を信用している。 一度彼に相談した方がいいのだろうか。 でもそんなことをすれば、涼宮さんは彼と会うのが辛くなると思う。 我が身可愛さで彼女を傷つけたままなのはいけない。 しかし下手な行動、言動をすれば、私どころか世界も終ってしまう。 けどこのまま謝らないのは悪い。 ただ謝ることさえも自分達の力が邪魔してくる。 橘さん、これが神様の力なの? この力を得ることで当たり前の人間としての行動すら制限される。 彼女に会ってたった一言、ごめんなさい、こう言いたいだけなのに。 結局私は彼に連絡を取らなかった。 当の彼は、遊びに行ったという証拠にと、三人で写った写メールを送ってきた。 そんなことしなくてもちゃんと信じてるのに。 そして予告どおり、日付をまたぐ少し前に橘さんから連絡がきた。 「……こんばんは……佐々木さん、ですよね?」 「そうだよ、橘さんは私に連絡したんじゃないの??」 泣きそうだった声を和ますために、軽く冗談を言う。 「だって、だって……」 そのまま泣いてしまった。 橘さんは私のことを神様だと言ってくるけど、こういう反応を見る限り、友達のそれだと思う。 このあとは泣きじゃくる橘さんをあやし続けておしまい。 おかげでなんだか少しだけ元気が出た。 後回しにしていいと言うわけじゃない。 でもいますぐ涼宮さんに会いに行くのはよくない。 だから少し時間を置いてみよう。 いずれ時が解決してくれる 映画で聞いた台詞。 でも、そんな考え方は絶対間違っている。 解決できるのはあくまで当の本人達。 最後は必ず自分の口から謝罪をしたい。 それしか私には出来ないから。 時間帯は夕方。さっきの出来事を思い出しながら足を進める。 フラフラと着いたところは有希のマンション。 まだ帰ってきているかは分からない。 インターホンを押して有希の部屋に繋げる。 用事があると言っていた。 それでも自然に足がここに向かった。 返事がないインターホンをもう一度押す。 お願い、出て……。 「……」 繋がると、いつも通りの無言が返ってくる。 「……あたしよ、上げてもらっていい?」 自分の声に抑揚がないのが分かる。 ガラス戸が開いた。電子ロックが外れたみたい。 エレベーターのボタンを押していつもの階へ。 エレベーターを降りると有希が目の前に立っていた。 「出迎えなんかいいのに」 有希は無言のままあたしの手を取って、自分の部屋に連れて行ってくれた。 部屋に入ったあたしは、無言で机に突っ伏した。 何も聞かずにお茶を入れてくれる有希。 ……ありがとう。 どれくらいたっただろう。まだ数分かもしれないし、一時間経っているかもしれない。 あたしは突っ伏した体勢のまま有希に話し始めた。 「……さっきね、あいつの、キョンの彼女にあったわ」 有希は何も言ってこない。これはいつも通り。 でもあたしの言葉には必ず耳を傾けてくれている。 「もちろん偶然よ?有希と別れた後に、たまたま店先でね。そしたらお茶しないかって」 一つ一つ話す。いつもの喫茶店で話した内容を順番に。 たまに有希は、そう、と相槌をしてくる。 「あたしね、その話を聞いてて辛かった。でも、段々あの人のこと認めていたのよ」 全部本心。あたしは有希の前ではウソはつかない。まぁ、くだらないのならいくらでも言うけどね。 「この人が相手なら仕方ないかって、でもね、最後の最後に我慢が出来なかった」 どうしよう、涙がこぼれてくる。近頃は涙腺が脆くって困るわ。 「だって、こう言ったのよ!あたしに彼氏いるのって!好きな人はいるのって!あたしがこれだけ我慢して聞いてやってるのに!」 顔を上げ、怒鳴るように言った。全部吐き出したかった。 有希に怒っているわけじゃない。 聞いてくれるのは、言っても許してくれるのは有希しかいないから。 「ふざけんじゃないわよ!どの口で言ってるの!?あたしがどんな気持ちでおとなしく身を引いたと思ってるのよ!」 感情が溢れる。有希も呆れていると思う。 今あたしが言っているのはただの愚痴。それも嫉妬にかられたつまらない愚痴。 涙で前がグチャグチャになる。正面にいるはずの有希は歪んで見える。 ひと通り愚痴を言うと、スイッチが切れたようにテンションが下がった。 「気付いたら水をかけてたわ。もう最低。キョンにあわせる顔もないわ」 言いたいことを言ったあたしは、また机に突っ伏した。 嗚咽をあげて泣いてるわけじゃない。でも今は確かに泣いている。 悲しいから?辛いから?悔しいから? 分からない。泣くことで何かが変わるわけでもない。 でも泣いた。今はそれしか出来ないから。 ふと、後ろから抱きしめられた。 「……」 何も言わずに、力強く抱きしめてくる。 有希は優しいわね。 どれくらい泣いたかしら。たぶんここ何年かで一番泣いたと思う。 みっともなく目元を腫らし、鼻をすする。 「いつも悪いわね」 「いい」 最近は辛いことがあると、いつも有希に愚痴っている。 その度にあたしの傍にずっといてくれる。 ほんとに助かる。 冷めきったお茶を一口で飲み干す。 泣きすぎたせいで水分が体からだいぶ抜けた。 それを見た有希が、すぐに次のお茶を入れてくれる。 飲むたびに入れてくる。 ゴメン有希、さすがにもう飲めないわ。 時間も遅くなってきた。有希にお礼を言って帰ると伝えた。 「そう」 わずかに頷きながら有希がそう言う。 あたしはヨロヨロとその場から立ち上がる。もう体中の力が抜けきっているって感じ。 「また明日」 有希のその言葉に苦笑いで返す。 「えぇ。また明日」 有希の部屋を出る。外はもう暗くなりだしていた。 気持ちがスッとしない。 明日からはいつもの学校。 たぶん……あいつの顔をまともに見ることなんか……出来ない。 もしかしたら、今日のうちに佐々木さんから聞いているかもしれない。 そう考えると、余計に会いたくない。 家に帰り、お風呂に入る。 今日は食欲がない。 夕食を食べずに布団に入る。 目を瞑ると、今日のことが自然に頭によみがえる。 そして、あたしは思った。 とても馬鹿げている。 でもこう思ってしまった。 キョンさえいなければ……こうはならなかったのに、って。 ~To Be Continued~
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涼宮ハルヒのロックバンド 分割版 涼宮ハルヒのロックバンド 前編 涼宮ハルヒのロックバンド 中編 涼宮ハルヒのロックバンド 後編
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(Aルート) キョン「俺はハルヒたち(ハルヒ、長門、朝比奈さん、朝倉の5人)と町の郊外にある山でキャンプをする事になった、噂ではこの山の付近で人食い事件があるという、10人前後で人を襲い食い殺すという狂った事件だ、俺は行きたくないと言ったが、ハルヒは「面白そうじゃない、キャンプがてらその事件を調査しましょ」と言い、無理やり連れてこられた、ちなみに古泉、鶴屋さんも誘ったが用事でこれなくなったらしい。 この時点では、人食い事件なんて単なる噂だと思っていた、しかし・・・悪夢は始まった。・・・ キャンプ当日の夜、5人でたき火に当たってた時、 盛り上がっていたせいか、俺は歌を歌っていた。 キ「止められない、この想い~明日が来なく~ても、抱きしめたい、折れるほど~爪痕は、消えないい~」 ハ「あはは、キョンなんなのよその歌~」 そして歌い終わると・・・ ハ「なにか聞こえない?」ハルヒは言った。 ガルル、 キ「犬の声か」 と、その時、草むらから3匹の犬が飛び出てきた、 キ「な、なんだこの犬は!」 その犬は口からヨダレをたらし、飢えているようだ、そして襲ってきた! キ「と、とりあえず逃げるぞ!」 5人で逃げ出した、とにかく必死で逃げた、しばらくして。 キ「あ、あれ?朝倉と朝比奈さんは?」 後ろを振り向くとハルヒと長門しかいなかった。 キ「くそ、はぐれたか、ん?」 前を見ると森の向こうに洋館があった。 キ「ハルヒ、長門、あの館まで走れ!」 なんとか館まで逃げ切れたのは俺(キョン)ハルヒ、長門の3人、朝比奈さんと朝倉とははぐれてしまった。 キ「ここは・・・」 ハ「わぁ、すごい館ね・・」 ハ「あれ、みくるちゃんと朝倉は・・・・」 ハルヒは今気付いたようである、ハルヒはあわてて外に出ようとした。 キ「待て、外は危険だ、」 ハ「でもみくるちゃんたちが・・・・」 とその時、「バン」と奥の部屋から銃声が聞こえた。 ハ「何、今の・・・」 キ「朝倉か?・・」 ハ「キョン、ちょっと見てきてくれない?」 キ「わかった」 長「私も行く、」 ハ「わかったわ、じゃあ私はここを(ホール)を確保しておくわ。 奥の部屋に入ろうとした時、ハルヒはこう言った。 ハ「気をゆるしちゃだめよ!」 キ「ああ」 ドアを開けた、そこは食堂だった。 長「食堂ね・・」 俺は近くにあった時計を見ていた、その時長門が。 長「!これは・・・} 俺はすぐに長門の元へ走った。 キ「どうした?」 長「血・・・」 床には血が広がってた。 長「他を調べてきてくれない?」 長門はそう言った。 キ「わ、わかった、その血が朝比奈さんや朝倉ものでなきゃいいが」 横には扉があった。 キ「じゃあちょっと見てくる」 と言い、おれは隣の部屋に行った、部屋の奥から物音がした。 キ「そこに誰かいるのか?」 ジュル、ジュル、と何かを食べてるようだ・・ 奥に進むとそこには、ゾンビが人を食っていた。 キ「うわあああああ」 俺は慌てて部屋を飛びだし、長門の元へ駆け寄った、 キ「おい長門・・・・」 長「どうしたの・・・」 ガチャン、後ろの扉からゾンビがやってきた。 長「何これ・・・」 キ「うああ、気をつけろ、そいつはバケモノだ!」 長「私にまかせて・・」 そう言うと長門はポケットから拳銃(コルトパイソン)を取り出した。 バン、バン、ゾンビを倒した、倒れたゾンビを見て長門は。 長「なんなの、これ?」 キ「奥の部屋でそいつが人を食っていた」 長「・・・・・・」 キ「しかし危なかったぁ、ところでその銃は?」 長「そこに置いてあった・・」 キ「そ、そうか・・」 長「はい、」 長門が俺に銃を渡した、 長「もう一つ置いてあった、護身用に持ってて、」 キ「ああ、ありがと、」 拳銃(べレッタ)を受け取った、 キ「とりあえず、ハルヒに報告しよう」 長「うん」 俺と長門はホールに向かった、ホールに着くとそこにハルヒの姿はなかった・・・ キ「ハルヒィーーーーーーー」 俺は叫んだが返事はない、 キ「長門は1階を探してくれ、ホールから出るなよ、」 長「わかった」 俺は階段を駆け上がり、2階のホールを見渡した、しかしいない・・・ 1階に戻り、長門と合流する、 キ「どうだった?」 長「いなかった・・・」 キ「どうなってるんだ・・・ハルヒまでいなくなるなんて・・」 長「落ち着いて、・・とりあえずあなたは1階から調べて、私はもう一度食堂を調べる・・」 キ「ああ」 長「これ、キーピック、鍵の掛ってる机や一部の扉はこれで開くはず・・」 キ「ああ、ありがと、」 長「何かあったらこのホールで落ちあいましょう・・・」 キ「わかった・・・必ずだぞ・・」
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教師「えー本日を持ちまして、涼宮ハルヒさんは転校することになりました。」 …どいつもこいつもニヤケ面。 教師がいなかったら拳の1発や2発かましてるところよ。 ──そんな学校生活も、もう終わり。 唯一出来た思い出が楽しくなかったのが心残りかな? 教師の岡部がサラリと奇麗事を並べると、生徒の間からは拍手の音が聞こえた。 どうせ、万歳の拍手だろう。あたしを惜しむ者なんて一人もいない。 あたしの前の席にいるキョンが遠く見える。 …キョンは、どういう意味で拍手してるんだろう…? だけどもう、どっちでもいい、アンタともサヨナラよ。 ……少しだけ楽しかった。ありがとうね。 あたしはもう次の生活を思い描いていた。次こそ普通に生きれますように…。 そんな精神状態の中、ある音があたしの耳を刺激する。 ガラッ! キョン「どうしたんだハルヒ、お前らしくないぞ。」 ──えっ? ……キョン? 古泉「見て下さい、この体。機関のお偉い方さんからも好評なんですよ。」 ──嘘。キョンはあたしの席の前で拍手を送っている。 ただ、転校しようとしているあたしを、無関心な表情で…。 長門「…精神を攻撃する情報思念体。解ってしまえば、怖くない。」 突然現れた長門が教師である岡部に飛び掛る。 ──そんな光景に驚いている暇もなく、キョンがあたしの手を引っ張る。 キョン「いくぞ、こっちだ!」 その時のキョンの手は暖かかった。間違いない。本物だ。 あたしはふと顔に笑みを戻すと、そのまま倒れてしまった。 キョン「───おーい、ハルヒぃー。」 ん……ん? 気づけばあたしはキョンに抱きかかえられていた。 ──夢?だったの? キョン「お前相当悪い夢見てたんだな、ソファーから落ちるなんて普通はありえんぞ。」 普通の部室。普通の光景。普通の…キョン……。 ハルヒ「あ……あっ、そう! あたしたまにはだってこーいう事あるわよ!」 ──嬉しかった。夢でよかった。 そう思うと同時に、また眠気が誘ってくる。 ハルヒ「あたし、もっかい…寝る。 キョンも……。」 あたしは喉まで出かけた言葉を噛み殺した。 だけど、あの、手を引っ張ってくれた時のキョンは本当に頼もしかった。 ──そのうち、副団長も考えてやらなくはないわ。団長があたしでよかったわね、キョン。 古泉「さてさて…涼宮さんはまた眠ってしまいましたが…。」 長門「いい。……彼女に何らかの支障を出さない事、これが私達の役目。」 キョン「しっかしまぁ、やっぱり頼りになるよな、長門は。」 長門「………」 ───ハルヒ、お前は戦った。自分の精神に負けず、がんばった。 だから今は眠っていろ、SOS団の団長が倒れるなんて団員の俺達には、願ってもいない事だからな…。 ……お前が閉鎖空間にいる間、いろんな計画立ててたんだぞ。 お前が起きたら、どれから実行してやろう……っとと、それを決めるのは団長のお前だったな。はははは……。 Fin これを読んでくれた古泉萌えの皆さんありがとう 古泉「次週もマッガーレ!」
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ハルヒと親父3−家族旅行プラス1 その2から そんなこんなで、出発当日。 ハルヒから電話をもらった俺は、パッケージング・バイ・ハルヒのトランクを、俺の部屋から玄関へと運び、その到着を待っていた。 ほぼ予定時刻に、すでに涼宮家を満載したライト・バン型タクシー(?)が、うちの家の前に到着した。 「いわゆる空港行きの乗り合いタクシーだ。予約している飛行機の便を連絡しとくと、タクシー会社が調整して、ドア・トゥ・ドアで送迎してくれる。今日は、おれたちだけみたいだが」 とハルヒの親父さんが、運転手に代わってそのシステムを説明してくれる。 「それじゃあ、行ってくるから」 と家族に、特に妹に、言い聞かせるように旅立ちの挨拶をする。 「ご迷惑かけないようにね。涼宮さん、お世話になります」 「こちらこそ。無理を言ってすみません」 「いえいえ、うちの馬鹿息子は、本当にハルヒちゃんにはお世話になりっぱなしですから」 といった親たちのエール交換は、当人たちには「どうでもいい」というレベルを遥かに超えて「今日のところは、どうかひとつ、そこまでにしておいてくれ」というべき方向へどんどん発展していってしまう。 俺がハルヒの方を見ると、ハルヒも俺の方を見ていて、目の中で首を縦に振っている。よし、それじゃあ、 「そろそろ行かないと」 と俺が口火を切り、ハルヒはそれに合わせて、親父さんの脇をかるく肘でつく。 「ごほん。そうだな。じゃあ行ってきます」 大きな音で咳払いし、大きな声で親父さんが宣言。皆がうなずいて、車がゆっくりと前で出た。 「あれ、妹ちゃん」 車は走り出したが、妹が走って追いかけてくる。 うう、兄ちゃん、そこまでのドラマはいらないぞ。いつもどおりの妹でさえいてくれれば、カバンにこっそり入ってさえなければ。 「あれ、妹ちゃんが手に持って振ってるの、パスポートじゃないの?」 「わはは。お約束だな。大方、トイレに行っている間、持っててくれ、と預けたままってところか?」 親父さん、図星です。 車は止まり、俺とハルヒが飛び降りる。 俺はパスポートを受け取り、ハルヒは妹の頭をなでる。 「キョン君、気をつけていってくるんだよ。ハルにゃん、キョン君をお願いね」 「うん、わかったわ。絶対、元気にして帰すからね」 いや、それはやり過ぎと言うか、胸を張り過ぎというか。それから妹よ、あまり殊勝なことを言うな。そういう時は「お土産、忘れないでね」くらいにしておいてくれ。でないと、最近ただでさえゆるい兄の涙腺が……。 「ほら、キョン。ちゃっちゃと行くわよ。飛行機は、遅刻したナショナル・チームだって待ってくれないんだから」 確かに、ここでこれ以上ドラマを掘り下げたら、また搭乗まで話が進まなくなるだろう。 別れを惜しみつつ、いざ行かん、天国にだって近いという、なんとかいう南の島。 「それと、あんたのパスポート貸しなさい」 素直にハルヒに渡すと、ハルヒかバックから出した布製のケースみたいなのに俺のパスポートを入れて、返してきた。 「ほら、パスポート・ケース。これで首から下げられるから、なくさなくて済むわ」 「ちなみにお手製だそうだ」 「親父、うっさい」 午前の道は、俺たちの前途を祝福するかのようにガラすきで、空港へは登場予定時効の3時間前に着いてしまった。 「余裕があるに越したことはない」 と親父さん。 「俺なんか離陸の30分前に、食パンをくわえて出国審査を受けたことがある」 「あんたは転校一日目から遅刻するヒロインか!?」 ハルヒのつっこみも、今日は長打こそないが、確実に芯で捉えている。ボール(?)が見えている証拠だ。 「ちょっとチェックインしてくる。キョン君、わるいがそこのカートに積んでトランクを運んで付いて来てくれ」 「はい」 ハルヒの母さんとハルヒと俺のトランクをカートについて、自分のトランクを転がしながら先を行く親父さんの後を追う。 カウンターでは、これも親父さん的にはきっと恒例なんだろう。ナイストゥミーチュー、スパシーボなどなど、怪しい多国籍人を装う話術でカウンターのお姉さんの目を白黒させながら、それでも当初の目的を果たしてしまう。なるほど、ハルヒ母+ハルヒが、遠くで他人の振りをしているのは、このせいか。と、親父さんに気付いたのか、カウンターの奥の責任者っぽい人がカウンターにやって来た。 「ベルさん、今日は出張じゃなくて家族サービスかい?」 「何度も言うが、俺は鈴宮じゃなくて涼宮だ」 「こっちの彼は、お初だね?」 「ここはどこの飲み屋だ? こいつは保安官補でキョン。ついでにいうと、俺の娘と恋仲だ。まあ、いずれは決闘だな」 「おいおい、ハルヒちゃんも、そんな歳か。少年、しっかりやれ。この親父は悪いやつじゃないが質は悪いぞ」 「ははは」笑うしかないよな、ここは。 「おい、有能な彼女が手続きができたって、言ってるぞ」 親父さんは、ややオーバーアクション気味に、責任者さんに不平をいう。 「オーライ。じゃ、トランクに貼ったこのシールの切れ端を持ってってくれ。あとでトランクを探すのに役に立つ。ボンボヤージュ(よき旅を)!」 「発音がなってないよな。ま、とりあえず、ハルヒたちと合流するか」 その必要はなかった。カウンターでの一部始終を、涼宮家の女性軍は遠目ながらもしっかり見ていて、絶妙のタイミングで自分たちの位置を知らせるように歩いてきた。というより、彼女たち自体が、遠目からでも見落としようがない存在感やら何かを周囲に発散しているのだ。 そんな訳で、俺の隣にいた親父さんは言った。 「おい、いいだろ。あそこにいるのは、おれの女房なんだ」 「ぐっ」 さ、さすがにその手は……使うのは、何だかいろいろ怖い。 「すまんな。たまには年長者に勝ちを譲るのもいいもんだろ?」 その気になったら全戦圧勝じゃないですか、と心の中で言う。へたれ、俺。 「旅はまだ始まったばかりだ。陽気にいこうぜ、キョン君」 「ちょっと親父! またキョンをいじめたでしょ!?」 ハルヒが、つかつかつか、と早足でやってくる。ロボットのように肩をすくめる親父さん。 「オー、マイ、ドウター。ワタシガ、イツ、ゴシュジンサマ ヲ ソンナ メ ニ」 「読みにくいだけから、出典が明示できない物真似はやめなさい」 「でも、ふざけてるのはわかるだろ?」 と、ひらりとかわす親父さん。 「いつ真面目なのかが、わかんないの!」 それをも狙い打つ娘ハルヒ。 「いつもこんな感じよ」 と日だまりのようなニコニコ笑顔を絶やさないハルヒ母。 「はあ」 とすでに慣れてきているが、それがよいことなのかどうか、未だに判断がつかない俺。 次は手荷物検査場はずだったが、 「ああ、キョン君、俺たちはこっちから行こう」 「向こうの列、すごく混んでましたね」 「手荷物検査場はどうしてもなあ。関西の空港も優先ゲートができて助かってる」 「親父、わがままなくせに、待ったり並ぶのが嫌いだからね」 「わがままだから、嫌いなんだ」 俺たちが向かっているのは、専用ゲート(専用保安検査場)というところのようだった。なんたら会員(ゴールド・メンバー?)になっておけば、ただでさえ混む手荷物検査場も専門の(つまり空いている)検査場で済ますことができるし、さっき預けたトランクも優先取り扱いされて、到着後あまり待たずに受け取れるのだとか。どうすればメンバーになれるかって?親父さんによれば、 「要はたくさん飛行機に乗りゃいい」 だそうだ。 「といっても、伊丹じゃ、もう何が優先やら、って感じで混んじまってるがな」 優先検査場というだけあって、手荷物検査はあっけなく済んでしまった。ありがちな時計やらキーケースなんかの出し忘れを、事前にハルヒのやつに注意されていたからではないこともない。 「出国検査場じゃ、こうはいかんぞ」 とニヤニヤして脅す親父さん。 「おどかすんじゃない。パスポートにハンコ押してもらうだけでしょ」 とつっこむハルヒ。ほんと、いつもこんな感じなんだろうな。 「ハンコ押すだけだが、国の外に出しちゃいかんやつもいるからな」 「このメンバーだと、親父よね」 「笑い事じゃないぞ。俺のツレなんか、家族旅行なのに、昔やった悪事がバレて大変だったんだぞ」 「だったら3人でバカンスを満喫するまでよ」 「だから、ツレの話だよ」 出国検査場もまた、なんということもなく、一人づつパスポートを見せ、ハンコを押してもらう。 ハルヒの親父さんのパスポートは、さすがにすごいハンコの数だ 「全部、仕事でだ」 と、やれやれ顔をつくって親父さんは言う。 「早く引退して、ひきこもりになりたいよ」 「親父がひきこもって何する気よ」 「庭でライオン飼って、夕方になったらドビュッシーを弾く」 「なにそれ?」 「映画だ、『007カジノ・ロワイヤル』の古い方。見たことないのか? あの希代のバカ映画を」 とりあえず、これで「出国OK」ということだな。形的には、一応これで外国に出た、ってことになるのか。 「向こうに専用ラウンジなんてものもあるが、おまえら、どうする? 搭乗までは、まだ結構時間はあるが」 「免税店とかあるんでしょ? ちょっと見て回るわ」 とハルヒはすでに、俺の手首を引っ掴んで、スタンバイの体勢。 「さっそく二人になりたい、とハルヒは思った」 オヤジさんは肩をすくめてみせる。 「へんな心理描写いれるな」 「じゃ、これからは茶々を入れてやる」 「よけい悪い! あんまりかわらないけど」 「検査が全部済んだと言っても浮かれるなよ。確率的には、今から搭乗するまでが、一番馬鹿みたいな失敗が多い」 「大丈夫よ」 ハルヒもおれも、パスポートとチケットは、ハルヒ謹製のパスポート・ケースに入れてある。 「時間厳守だぞ。時間が来たら、ナショナル・チームでも飛行機は待たんからな。で、おまえら時計持ってるのか?」 「あ」 「普段ケータイで時間を見てるような連中は、こういうはめに陥る。免税店で安いやつを見繕ってこい」 親父さんに一本とられたのが悔しいのか、ハルヒはアヒル口になって、無言で俺を引っ張っていく。 ハルヒの母さんはニコニコと俺たちを見送り、自分の鞄から布のブックカバーをつけた文庫本を出して読み始める。親父さんもそれに合わせてか、上着のポケットからペーパーバックを取り出す。 ハルヒは振り返らず、前だけを見てぐんぐん進む。俺は引かれていく。 「時計なんて、空港中いたるところにあるじゃない!」 「まあな」 「向こう着いたら、時間を忘れて遊ぶんだからね!」 「ああ、そうだな」 ハルヒはどこからかカードを取り出した。正確には取り出して構えた。 「腹立ちまぎれに無駄遣いしてやるわ」 「こらこら」 なんなんだ、その高級そうなクレジット・カードは? 「ブランド品なんかに興味はないけどね」 何故だか、恨みはないけどね、と聞こえるぞ。 「店ごと買うとか言うなよ。機内持ち込みできんぞ」 「わかってるわよ、そんなこと」 そりゃ、わかってるだろうけどな。 「ねえ、キョン。あんた、すごーく高い時計欲しくない?」 ほら、そうやって必ず不穏なことを思いつくんだ、おまえは。 「おまえはどうすんだ?」 「そんなの2つも買えないわよ。すごく高いんだから」 「全然高くないやつ、2つにしろよ」 「だーめ。もう決めたの」 「ヤクザかナンバーワン・ホストでなきゃ持てないような時計はいらんぞ」 「あほ。そんな時計、あんたに似合わないわよ」 じゃあ、「俺に似合う、すごーく高い時計」を探しているのか? それはすごーく嫌な予感がするぞ。 「はい、これ。安心しなさい。何十万も、何百万もするものじゃないから」 「あ、ああ」 「総称でパイロット・ウォッチって言ってね、文字通りパイロットがつける腕時計ね。元祖のブライトリング社のなら、満十万するけど。この文字盤の周囲についてるリングがあるでしょ。これが回るの。目盛りの刻み方が変なのに気付いた? これ回転計算尺になってるの」 「計算尺ってなんだ?」 「計算が、とくにかけ算と割り算だけれど、一瞬でできるものね。尺という位で、物差しタイプが一般的だけど、それを円形にまとめたものがこれ。パイロットは計器やコンピュータがみんな狂っても、残燃料と空港までの距離だとか、落下速度と地上までの距離とか、計算したいものが沢山あるでしょ、それも時間がらみで。だから時計に計算尺をつけたのは大正解ってわけ」 「ほう」 「わかってないわね。親父の腕時計、見た?」 「え?いや」 「まあ、あっちは元祖の本物だけどね。何万年に数秒しか狂わない電波ソーラー式時計の時代に、毎日10秒以上も狂う自動巻時計って何考えてんのかしらね。計算尺の使い方は、どうせ搭乗まで暇だからゆっくり教えてあげるけど、親父に聞けば、語りに語り続けるわ。旅行が終わっちゃうわね、多分」 わー、すげえ聞きたいが、今は聞きたくない感じ。 「だが、ひとつきりで、どうすんだよ」 「まだ、わかんないの?」 いや、わかってはいるが、今わかるわけにはいかない、というか。 「あんたがあたしの『時計係』になるに決まってるでしょ」 ラウンジの、ハルヒの親父さん&母さんのところに戻った。ハルヒが鼻息も荒く、俺の左手首を、とくに親父さんに、見せびらかすように高らかにあげる。俺は自由になる右手でこめかみを押さえる。オー、ジーザス。ああ、ほんとにすいません。 親父さんは「やれやれ」という意味のジェスチャー、ハルヒ母は読んでいた文庫本を口に当てて笑いがこらえられない様子だ。 「娘よ、やってくれたな」 「どう? ぐうの音も出ないでしょ?」 「負け惜しみで言うんじゃないが、キョンを日本に置いていったらな、どこかのバカの国際長電話代で、そんなもの5、6個は買えたぞ」 「と言ってる時点で、完全に負け惜しみね」 「ぐう」 しかたない、といった感じで本をしまったハルヒの母さんは、 「お父さん、いつ搭乗口に向かいます?」 「もう15分もすればアナウンスがあるだろうが、少し遅めに行こう」 「そんな、とろとろとしたことでいいの?」 腰に手をあてて胸を張り、暫定勝者ハルヒが親父さんを見下ろす。 「日本人は時間とアナウンスには従順だからな。合わせて動くと混雑を応援に行くようなもんだ。俺たちの席は前の方だから、少し遅れて乗り込む方が邪魔にならなくていい」 「あー、たいくつ、たいくつ!」 電車の長椅子に上って窓を見たいから靴を脱がせろと騒ぐ幼児のように、暴れ出すハルヒ。涼宮家ではこれにどういう風に対処するのか、後学のためにしばらく見ていよう。 「なんのために、キョンを連れてきたんだ」 って、親父さん、いきなり俺頼みですか? ハルヒの母さん、もう笑いスイッチ入ってますね? 「キョンはそんなんじゃなーい」 お、ハルヒ。あまり期待してないが、言ってやれ。 「キョンはね、キョンはね・・・」 それじゃ、古来の、針が溝をなぞっていた頃の壊れたレコードだ。 「・・・うー……と・に・か・く、キョンなのよ!」 「随分とテツガク的な惚気をありがとう」いや親父さん、今のは惚気では、ないと思います、よ。 「ハル、暇なら何か読む?」 「うん。母さん、何持ってきたの?」 「旅行には、やっぱり旅行記よね」 「って、えーと、クセノポン『アナバシス』? カエサル『ガリア戦記』? クラウゼヴィッツ『ナポレオン戦争従軍記』? って、全部、旅行記じゃなくて戦記でしょ!」 「あら、でもみんな遠征してるわよ」 「遠征は、旅っていえば旅だけども!」 「俺のを読むか?」 「期待しないけど、聞くだけは聞いてあげる。・・・Making a Good Script Greatって、何これ?」 「映画のシナリオをどう書き直すかのマニュアル本だな。ハリウッド映画だと、制作費が馬鹿でかくて映画が当たるか当たらないか不確定だから、映画自体に保険をかける。保険会社がキャスト表とシナリオを分析して、これだと当たりそうだから保険の掛け金は低くてこれくらいでいいや、このシナリオだとヒットしそうにないから掛け金を高くしよう、ってな具合にな。で、保険の掛け金を低く抑えたい映画会社やプロデューサーは、シナリオを『シナリオ・コンサルタント』のところに持っていくんだ。シナリオ・コンサルタントは元のシナリオの長所を生かしながら短所を修正していくんだな。どうやれば冒頭シーンで客を引きつけられるとか、どうやって泣かせるとか、いろいろ手練手管がある訳だ。これはそのシナリオ・コンサルタントの一人が書いたマニュアル本で・・・」 「そんな本読んで、どうしようっての?」 「あ、この映画はあの手をつかってやがる、ちがう、そこで例の手を使えばいいのに、といろいろ突っ込めて楽しいぞ」 「キョンは、あんな悪魔に魂売っちゃ駄目だからね」 俺はすこーし、その本を読むのもいいかもしれん、と思ったぞ。次作の超監督とかが。俺が読むと、俺が窮地に陥る気がしたので、口にはしないがな。好事魔多しとは、こういうことを言うんだろうか。 日本語と英語で、搭乗開始を知らせるアナウンスが流れた。 あちこちで腰を上げ、指定された搭乗ゲートの方へ流れていく人たち。親父さんと母さんは読書を続け、ハルヒと俺は、買ったばかりの腕時計の計算尺リングを回して、1.69×2.7といったかけ算をしているのだが、頭を付き合わせ、手を取り合って、何をしてるように見えるんだかね。 「人ごみが薄くなってきた」 親父さんがゆっくり腰を上げた。他の3人もそれに合わせて立ち上がる。 「ぼちぼち、ぶらぶら、まったり、行くか」 とにかく全く急がないで進もうという親父さんの提案に、他3人はそれぞれ違った風にうなずいた。多分、考えていることなんかも、それぞれに違っているんだろう。 搭乗口は、さっきまでゴッタ替えしていたようだった。自動改札みたいなのの側に係員のお姉さんが立っていて、そこでチケットを入れると、席の位置を示す半券みたいなのが出てくる。 親父さんはシナリオのリライト・マニュアルを読みながら、チケットをいれ、 「パスポートは?」と問いかけ 「あ、拝見します」という返事を待たずに、ポケットからパスポート入れを出して係員に渡している。あれもハルヒ謹製と見た。 「何をやるにも不真面目ね」 続いてハルヒがぷんぷん怒りながら通っていく。続いて俺。最後がハルヒの母さん。さすがに本はしまってある。 「思ったより、飛行機飛んでないわね」 大きなガラスの向こうの滑走路を見ながら、ハルヒの母さんが言う。 「国内便はみんな伊丹にいっちまった。午前10時から午後4時まで、ここから成田へ行く飛行機は一機もないそうだ」 という親父さんの答えに、 「そうなの」とハルヒの母さんはつぶやいてチケットをしまった。 すでに搭乗予定のほとんどの人が乗り込んでおり、飛行機の中に入ると中にはぎっしり人が詰まっていた。 親父さんが言ってたとおり、俺たちの席は、入り口からたいして離れていないところにあった。 ハルヒに窓側を譲ろうとしたが、「キョン、あんた始めてなんだから、あんたが窓際行きなさい」と頑として聞かない。 ようやく俺の頭に、いつぞやの古泉の言葉が浮かんだ。 「わかった。じゃあ窓際に座らせてもらうぞ」 「どうぞ」 3人がけの席で、ハルヒは俺の隣に座る、その向こうが通路側になりハルヒの母さん。親父さんは通路を挟んで、さらにその向こうに座る。 機長の自己紹介やら、救命設備の説明アナウンスやらが流れて、スチュワーデスさんが踊っているように装着の実演をやっていた。 「最近はビデオ流して済ますのが多いがな。マイナーな路線ほど、今のダンスが見れる」 2つ席の向こうから、親父さんが解説してくれる。 こうしてしっかり席についてから、離陸のために飛行機が滑走路を走り出すまでの時間がけっこう長い。これだけでかい空港でも、滑走路の数は少なくて、待ち時間なんかがあるためだそうだ。 全然別の経験なんだが、予防注射って奴は、注射のちくりという痛みよりも、注射されるまで並んで待っているのが案外つらいんだよな。 気がつくと、ハルヒの母さんの、ニコニコという音がほんとにしそうな笑顔からも、親父さんの何故か声はしないが「ゲラゲラ」というのが伝わってきそうな笑いからも、どこか生暖かい視線にも似たものが飛んで来ていた。 なるほど。そういえば、いつも騒がしいとなりの奴が、席に着いた途端に、借りてきた猫のようじゃないか。 「なあ、ハルヒ。ひょっとしておまえ、飛行機こわいのか?」 「ば、ばかじゃないの? 怖いわけがないじゃない!」 「鉄の塊が飛ぶのは、おかしいとか、信じられないとか、その手の類か?」 「こ、こんなもんはね、目つぶって寝てたら、いつのまにか現地に到着してるものなの!」 「それだと機内食も食えないだろ。ほら、手、貸せ」 「は?なに?」 「手だ。握っといてやる」 「あんた、ばかじゃないの。……親もいるってのに」 「かまわん。俺は気にせんぞ」 「あんたが気にしなくても、あたしが気にするわよ……その、ちょっとは」 「じゃあ、そっちの目はつぶってろ」 「意味わかんない。……わかったわよ、握ればいいんでしょ、握れば」いかにも渋々といった感じで、俺の手を取りに来る。 「……離したら、承知しないからね」 「母さん、ピンチだ。たすけてくれ。自分の娘と婿に萌え死にそうだ」 「まだ婿じゃありませんよ」 「『恋愛が与えることができる最大の幸福は愛する女性の手を握ることである』(スタンダール)」 「何か言いました?」 「いいなあ、って言ったんだ」 「飛行機に乗るなんて、いつものことじゃありませんか」 「忘れられんフライトになりそうだ」 その4へつづく
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―――― 修学旅行 一日目 そうこうしているうちに修学旅行初日を迎えてしまった。あれからというものハルヒは 憂鬱とは無縁の一週間を過ごしていた。だからって俺をこき使うのだけは勘弁してほしい んだがな。離陸前の飛行機の中でもハルヒは、 「この飛行機落ちないかしらね。」 とか言っていた。ホントに落ちるから勘弁してくれ。俺はまだこの年では死にたくない んだがな。しかしハルヒとなら墜落しても次の日の新聞には”飛行機墜落、生存者4名” という見出しが紙面を飾りそうだ。そんな気がするのはなぜだろうか。 飛ぶこと数時間。俺たちは台北に降り立った。空はどこまでも青く透き通っていた。二 年生約三百五十人がひとつの飛行機で台湾に行くのは無理なため関西国際空港からの直 通組と広島空港経由組、福岡空港経由組に別れ台湾桃園国際空港へ向かうことになった。 俺とハルヒ・長門が所属する一組、古泉が所属する九組は福岡空港組であったために台 湾への到着は一番遅く、入国手続きを済ませ集合場所となっていたメインターミナル向 かうとそこは北高生であふれていた。 点呼と簡単と簡単な連絡を済ませた後、空港ビルの外へ出た。九台のバスに分かれて乗 り込み最初の目的地である台北101ビルへと出発した。バスガイドさんはなかなかの美 人で早くも谷口が話しかけている。それを眺める俺の横で、 「ニヤついてるんじゃないわよ。バカ・・・」 とハルヒがつぶやいたように聞こえたのは気のせいだろう。そんな台詞は何百回と聞か せられたからな。 バスから眺める台北の街には数々の高層ビルがそびえ立ち大阪や東京と比較してもまっ たく遜色はない。その高層ビル群の中でも頭ひとつ抜け出している台北101ビルは地上 508メートルで現在世界で最も高いビルである。ビルは台湾ならどこからでも見えるの ではないか?と思うほど空を真っ二つに割るようにそびえ立っていた。 ビルに入ると岡部が簡単な注意事項、夕食の集合時間をを告げ、俺たちは自由行動とな った。 「ねぇ、キョン。」 ハルヒが俺に話しかけてきた。 「どうした?ハルヒ?」 「一緒に展望台に行かない?」 正直な話、高いところはあまり好きでは無い。馬鹿と煙は高いところがなんとやら。ハ ルヒもバカとは言わないものの変人ではあるから高いところが好きなのだろう、などと思 いながら 「あぁ、いいぜ。」 とハルヒの申し出を快諾した。ここで断って不機嫌モードに入ろうものなら台北の街が 閉鎖空間に包まれてしまうかも知れぬ。海外にまで来て古泉に神人退治をさせるのもどう かと思うからな。さすがの俺もそこまで腐っちゃいないつもりだぜ。一応な。 八十九階の展望台へはエレベーターであっという間に着いた。さすが東芝エレベータ。 日本の技術は世界いt(ry 展望台から眺める台北の街は壮大そのもので俺とハルヒは口を開くことも無く眺めてい た。ふとハルヒに目をやるとハルヒは腕を組み、その目は感動しているというよりはなに かに期待しているような目であった。しばらくハルヒを眺めていると、ふとハルヒと目が 合った。ハルヒはニヤッと笑うと、 「何見てんのよ。このエロキョン。」 と言い放った。別に変わった目で見ていたつもりも無いんだが。ただ見とれてただけだ、 とでも言おうと思ったがやめておいた。 ハルヒは黙っていれば美少女である。それは一年半の間そばにいる俺が一番知っている。 これまで怒った顔、困った顔、泣き顔といろいろなハルヒの顔を見てきたがやっぱり笑顔 が一番似合うな。ハルヒには。こんな美少女と一緒に修学旅行を楽しめる俺は意外と幸せ 者なのかも知れない。 「キョン。夕食を食べたらもう一回ここに来ない?それまで下に戻って買い物でもしまし ょう。」 このビルの地上五階から地下一階まではショッピングモール、レストラン街となってい る。早くも俺の財布から諭吉さんやら一葉さんが逃げ出してしまうかと思ったが、さすが のハルヒもそこまで鬼ではないらしくウインドウショッピングを楽しむことができた。 夕食時間になり、四階のレストラン前に集合する。 「食べ終わったら私のところに来なさい!来ないと死刑よ!」 わざわざ台湾で殺されたくは無いんだがな、などと思いながら 「あぁ、わかったよ。」 と答え夕食にかぶりつく。台湾料理というのもなかなかいいものではないか。うん。中 華とは一味違った辛さ、うまみ。うん気に入った。 夕食を食べおわり谷口、国木田と談笑していると 「キョン!アンタ約束忘れたの?展望台に行くわよ!」 と見事に拉致されてしまった。谷口、国木田の両名は 「本ッ当に仲がいいね。」 「キョン。台湾に来てまでいちゃいちゃするのはどうかと思うぜ?」 と、気の抜けたことを言っているが俺は身の危険を感じたね。不機嫌なハルヒなら地上 五百メートルであろうと俺を突き落としかねないぜ? 危険を感じながらもハルヒに引っ張られ昼と同じようにエレベータに乗り込み展望台へ 向かう。ハルヒは俺を引っ張っているときになんかブツブツ言っていたな。八十九階の展 望台に到着し俺とハルヒは窓際に近づき外を見る。 展望台からの眺めは昼とはガラッと変わり百万ドルの夜景となっていた。ハルヒの態度も 昼とはガラッと変わり”女の子”の目になっていた。こんなハルヒをみたら俺でなくても 抱きしめたいと思うだろう。俺のそんな目に気づいたのかハルヒは、 「もう。スケベ。」 とつぶやいた。なんなんだろうね。コイツは。それ以外に言うことは無いのだろうか。 あっという間に集合時間となりホテルへとバスで向かった。ホテルは男子は一クラス当 たり二部屋の大部屋、女子には二人につき一部屋の個室が与えられた。何だこの待遇の違 いは。立ち上がれ、男子。今こそ女子の部屋に突撃するのだ。とは谷口の言葉。ちなみに その谷口は夜中に部屋を抜け出したのが岡部に見つかって職員部屋送りになった。バカめ。 ところで俺たちの部屋で”マッガーレ!”だの”ふんもっふ”だの変な声が聞こえると国木 田が言っているんだが・・・。気のせいだよな。 ――――一日目終わり 二日目1
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196 名無しさん@秘密の花園 2006/09/26(火) 15 34 02 ID JENIC1rF ENOZメンバーに可愛がられるハルヒを見て何となく面白くない長門とみくる。 …妄想乙>俺 197 名無しさん@秘密の花園 2006/09/27(水) 22 11 13 ID Gge6gGy8 バンドのために楽器の練習を始めてから、ハルヒが文芸部室へ現れなくなった。 本人は「あたしより有希の方がギター上手いのよ、悔しいから軽音楽部へ習いに行ってるの」と言っている。 確かにあいつは極度の負けず嫌いだが、だからってわざわざ他人に教えてもらうか?独学で何とかするんじゃないか? そう考えていると、 「あの…すいません、今日はもう帰りますねっ」 朝比奈さんが部室を出て行った。 いつもは天使のような朝比奈さんだが、 最近は何故か落ち着きがない。 メイド服にも着替えないしお茶も淹れてもらえない。 窓の外を見て溜息をつき、部屋の中をうろうろしたり… 「…………」 考えているうちに、もう少しで長門が出ていくのを見逃す所だった。 これはもっと珍しい、下校時間には早すぎるぞ? とにかく、SOS団の活動時間は長門が本を閉じるまでだ、俺も帰ろう。 その前にハルヒの様子でも見に行くか… 「じゃあまた明日…あ、キョン!?い、一体どうしたのよ?」 部屋の前まで来ると、ちょうどハルヒが出てきたところだった。 いくら何でも驚きすぎだろう、目が潤んでるぞ。 「長門も朝比奈さんも今日はもう帰ったから解散だ」 「あ、そうだったの。じゃああたしも帰るわ」 ハルヒはそそくさと立ち去った、そんな逃げるように行く事ないだろ。 そういえば3時間ライブしたかのように汗ばんでいたし顔も紅潮していた。 それに頭のカチューシャが教室で見た時と少しずれている。 一旦ほどいたのか? やっぱり、最近のあいつはどこかおかしい。 …あ~、無理だ書けない。ながるんは勿論、各スレでSS書いてる人って凄いよ
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涼宮ハルヒの驚愕(後) 基礎データ 著:谷川流 口絵・イラスト・表紙:いとうのいぢ 口絵、本文デザイン:中デザイン事務所 初版発行年月日:2011年5月25日(初回限定版)初回限定版は5月25日、通常版は6月15日発売である。 本編ページ276P 表紙絵:佐々木 タイトル色:青色 初出:書き下ろし 初出順第28話 裏表紙のあらすじ紹介 団長閣下による難関極まりないSOS団入団試験を突破する一年生がいるとは思わなかったが、俺に押しつけられた「雑用係」という不本意な肩書きを譲渡できる人員を得た幸運を噛みしめるのに、何のはばかりもないはずだ。なのに、ハルヒ同席のあのぎこちない再会以来、佐々木たちが顔を見せないことが妙に引っかかるのはどうしてかね。類い稀なる経験に裏打ちされた我が第六感は、何を伝えたいんだ?圧巻シリーズ第11巻! 目次 第七章・・・Page5 第八章・・・Page79 第九章・・・Page136 最終章・・・Page149 エピローグ・・・Page222 あとがき・・・Page282 アニメ 全編未アニメ化 漫画 ツガノガク版(雑誌の発表号などの詳しい情報はツガノ版漫画時系列で) コミックス第19巻に収録第89話『涼宮ハルヒの驚愕VIII』(P5-P51、最初(第7章)からキョンの家を尋ねたヤスミが帰宅するまで(α10の最初から最後まで)) 第90話『涼宮ハルヒの驚愕IX』(P51-P93、β10の最初からヤスミが謎の花を持ってくる場面を経てβ10の終了、そして第8章α11に入りキョンがヤスミから手紙をもらい長門のアドバイスを受けるまで) 第91話『涼宮ハルヒの驚愕X』(P93-P139、α11の部活を休んだヤスミから提供された花をハルヒたちが眺める場面からα11の終了そして、佐々木たちとタクシーを同乗するβ11を経て第9章のβ12の佐々木の閉鎖空間において藤原・橘とともにSOS団の部室へノックするまでを経て、α12の最初からキョンとヤスミがノック音を聞くまで) 第92話『涼宮ハルヒの驚愕XI』(P139-P169、α12とβ12の合流により最終章に入り古泉と朝比奈みくる(大)、九曜の合流を経て藤原が朝比奈みくる(大)に向けて願望を叫ぶところまで) コミックス第20巻に収録第93話『涼宮ハルヒの驚愕XII』(P170-P192、藤原の必死の叫びから、九曜によって転送されて転落するハルヒを助けようと窓から飛び抱きとめるキョンのシーンまで) 第94話『涼宮ハルヒの驚愕XIII』(P192-P221、神人が現れるシーンより最終章の最後まで) 第95話『涼宮ハルヒの驚愕XIV』(P222-P241、エピローグよりキョン宅を訪問した古泉が事の顛末とハルヒについて話すシーンまで) 第96話『涼宮ハルヒの驚愕XV』(P241-P265、古泉と機関の上下関係について話すシーンから鶴屋さんとの会話まで) 第97話『涼宮ハルヒの驚愕XVI』(P265-P281、国木田との会話から最後まで) 登場キャラクター(原作のみ登場) キョン 涼宮ハルヒ 朝比奈みくる 古泉一樹 長門有希 佐々木 橘京子 周防九曜 藤原 渡橋泰水(ヤスミ、わたぁし) あらすじ ハルヒの入団試験に唯一合格した「ヤスミ」。 古泉や長門は「ヤスミ」を一般人だと言うが、とても気になる・・・ 後に繋がる伏線 こぼれ話 P21に「バンド活動に目覚めたハルヒによって俺たちがしなくてもいい苦労と思わぬ事態を招き入れたのは誤算だったが。」 とあるが、これは谷川流が脚本原案を務めたドラマCD『サウンドアラウンド』の事か、あるいは未だ語られていない(発表されていない)エピソードの事なのかは現時点では不明。 刊行順 ←第10巻『涼宮ハルヒの驚愕(前)』↑第11巻『涼宮ハルヒの驚愕(後)』↑
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ハルヒと親父3−家族旅行プラス1 その7から シャワーの音が止まった。 少し経って浴室のドアがゆっくりと開く。 俺はベッドの端に、そっちには背を向けて座っていた。 「スケベなこと考えてる顔ね」 「そんなことはない」 「だとしたら失礼な話よね」 こっちに近づいてきた奴が、後ろから俺の首に両手を回してくる。 「だいたい、うしろからじゃ見えないはずだろ」 「あんた、背中までポーカーフェイスのつもり?」 「ただの仏頂面だ」 「ホテルの最上階。二人っきり。邪魔が入る恐れなし。タオル一枚の美女が背中に体重をかけてくる。これで何が不足か、聞こうじゃないの?」 俺はゆっくりと口を開いた。 「子供の名前を考えてた」 「うっ。……なかなかやるわね」 「うそだ。最悪のタイミングで、ムードぶち壊しのことを言うことになるかもしれんが、この旅行ももうすぐ終わりだ。だから率直に聞くぞ」 「……いいわよ。あんたが空気を読めないで不躾なことを聞くのは、べつに今に始まったことじゃないわ。どうせ……」 「あのケンカの後、親父さんはめずらしく本気で怒ってた。おまえ、『足で砂を目に投げた』って、意味わかるか?」 「その通りの意味でしょ。あのとき、あたしははだしだったし、足の指で少しくらいなら砂をつかめるわ。手でするみたいに、足を振って握ったものを離せば、投げるみたいなことはできるわね」 「それは、涼宮ハルヒがやることか?」 「どういう意味よ」? 「買いかぶりならそう言ってくれ。俺の知ってるハルヒは、そりゃ時にはめちゃくちゃなやり方をすることはあるが、それでもおまえなりの筋ってものを守る奴だ。あれは親父さんのいうとおり『汚い手』なのか?」 「そうよ」 ハルヒは挑むような目で言った。「だから、何?」 「何故だ?」 「勝ちたかったからよ、当たり前じゃない!」 「当たり前じゃない。お前と親父さんのケンカはそういうんじゃなかっただろ?」 「何も知らないくせに、勝手なこというな!」 「ああ、何も知らんさ。だけどな!」 「うるさい!うるさい、うるさい!」 「ハルヒ!」 「どうせガキっぽいひがみよ、あんたが!……あんたはひどい目にあっても親父をかばって……、あんたはそういう奴よ。あたしの親で無くても、そうするだろうって、分かってる、でも……」 「おまえの母さんや親父さんこと、俺は正直すごいと思ってる。まあ、おまえの親じゃなくても、そう思うかもしれないが……、あの人たちに会ったり話したり昔のことを聞く度にな、俺がまだ気付いてないハルヒに光があたって、今まで見えなかったハルヒが見えるような気がするんだ」 「あたしはあんたにむちゃくちゃ言って、むちゃくちゃさせて、でもそういう風に許されるのは、甘えられるのは、あたしだからだ、って思いたかった。だから、だからあんたが親父をかばって、あたしは完全に頭に血がのぼったわ。あんたをどんなことをしてでも取り返さなきゃ、どんな手を使っても勝たなきゃって。あんたにだってわかるように、親父とのケンカは勝つとか負けるとか、そういうんじゃなかったのに。親父が怒るのも、悲しく思うのも当然よ」 「あーもう、ぼろぼろ泣いて、めちゃくちゃ。……こっちみるな!」 「どうして?」 「あんた、変態? どS? 人泣かしといて、楽しむなんて」 「べつに楽しくはない。……ちょっと抱きしめていいか?」 「このエロキョン! いいに決まってんでしょ!!」 「雨になりそうね、お父さん」 「気圧の変化か。つらいのか?」 「少しはね。でも、起きられないほどではないわ」 「置き引きシスターズも雨天は休業か」 「人気のない浜辺も悪いものじゃないけど。一緒に歩く?」 「その前に朝飯だ。いや、起きなくていい。ベッドに持ってくる。フランス人も裸足で逃げ出すような、甘いカフェオレ付きだ」 「そんなの、いつ用意したの?」 「これからだ」 「ベッドで食べるのが好きね」 「だらしがないのが好きなんだ。このまま雨が上がるまで、ぐずぐずしていよう」 「帰りの飛行機が飛んでいっちゃうわ」 「それもいいな」 「ふふ。そうね」 「残念ながら明日には止むさ。いや、今日中かもしれない」 「天気予報?」 「いや、これ」 「てるてるぼうず。そんなの、いつ用意したの?」 「夜なべした。リビングのソファは占拠したぞ」 「お父さんって、何でもありね」 「『一途』と『馬鹿』は、ちょっとした綴りの違いなんだ」 「キョン?」 「ああ、すまん。起こしたか?」 「うん、ううん、ああ、そうね」 「どっちだよ?」 「もしかして雨降ってる?」 「ああ。窓から外見ると、水の中にいるみたいだぞ。……調子よくないのか?」 「そうじゃないわ。昔のことを思い出しただけ。……夢を見たんだけどね」 ハルヒは言葉をつづけた。 「小さい頃、溺れたことがあってね。親父が飛びこんで、母さんが人工呼吸してくれたんだって。覚えてるわけじゃないけど」 「……だから、おまえも助けに飛び込んだのか?」 「そうじゃないわ。泳ぎは得意だと思ってたし、そんなことで泳げなくなるのも悔しいから、ちょっとムキになってたこともあるけど。助けたのには理由なんてない。気付いたら、やっちゃってた、って感じね」 「そうか」 「溺れたのは覚えてないけど、その後、自分が謝ったのは鮮明に覚えてる。親父に謝ったのなんて、あんたからしたらバカみたいだと思うかもしれないけど、あれっきりよ」 「……」 「親父があたしの頭にぽんと手を置いて、『間違えたと気付いたら、ごめんなさいと言えばいい。それだけだ』って。どれだけ泣いたか分かんないし、どれだけ謝ったかもわからない。ただ延々と涙が止まらなくて、繰り返し繰り返し『ごめんなさい』って言ってた」 ポットから聞こえる音が変わって、お湯が沸いたことを知らせていた。 二人分のコーヒーを入れて戻ってくると、ハルヒはベッドの端に座って、窓の外を見ていた。 ホテルはこのあたりで一番高い建物で、座ったまま窓から見えるのは雨雲と窓ガラスを叩く水滴だけだった。 「飲むか?」 「ん」 「……あとで、海に行かないか?」 「どうして? 今日みたいな日に行ったって、あるのは砂と水だけよ」 「こっちに来て、まだおまえと泳いでない」 「でも水着も何もないわよ」 「水着どころか傘だってないぞ」 「買いにいく? でも、この土砂降りの中、泳ぐの?」 「泳がなくてもいいさ」 「何しに来たのよ、あたしたち」 「さあな。だが、なんでここにいるかは俺にだって分かる」 「なんでよ?」 「おまえがここにいるからだ」 ハルヒは軽く衝撃を受けたように軽く口を開いて、すぐに、このバカ何を言い出すんだ、という顔になった。 「キザキョン」 はて、おれは何かキザなことを言ったか? おまえが連れてきたから、おれはこんな亜熱帯の島に来たんだろう。 「はあ。わかんないのが、あんたよね。それはもう、よーく知ってるはずなんだけど」 ハルヒは、となりの部屋にいたって聞こえるくらい、大きなため息をついた。 「もう、こうなったら海でも何でも行くわよ!」 「ごちそうさま。おいしかったわ」 「朝からカツカレーはなかったかもしれんが」 「ベッドでとる朝食向きじゃなかったかも。出張中、いつもこんなの食べてるの?」 「海外旅行も7合目くらいになると、急に日本食を食べたくならないか?」 「カツカレーを?」 「よそでまずい寿司なんか食うよりはな。どういう訳だかトンカツよりもうまいと感じる」 「おいしいと思うものを食べる方が、食事は楽しいわ」 「何を食べるかより、誰と食べるかじゃなかったか?」 「時には一人で食事をしなきゃならないこともあるもの」 「それはそうだ」 「故郷を甘美に思う者はまだ嘴の黄色い未熟者である。あらゆる場所を故郷と感じられる者は、すでにかなりの力をたくわえた者である。だが、全世界を異郷と思う者こそ、完璧な人間である」 「なんだ、それ」 「昔の誰かが言った言葉ね、きっと」 「俺のくちばしは黄色いな」 「誰だって、完璧にはほど遠いわ」 「完璧な奴は、どこからも何からも遠い訳か」 「そして誰からも、ね」 「好きなものくらい、好きに食わせろ、だ」 「お腹もふくれたわ。仕事にかかりましょう」 「雨なのにか?」 「雨だからよ。人が少ない方が探しやすいわ」 「母さんだけが分かってることがある気がするんだが。教えてくれないか?」 「そうかしら? 私が思ったのは、意外と簡単なことよ」 「というと?」 「溺れている真似というのは結構難しいわ。何しろ泳げる人相手に嘘をつく訳だから」 「そりゃそうだな」 「ぶっつけ本番では無理だと思わない?」 「なるほど」 「練習するなら、カモになってくれる観光客のいないときにむしろ、やりたくないかしら」 「合点がいった」 「今日は私を信じてみません?」 「いつだって信じてる。出掛けよう」 「で、なんなのよ、このデカイ傘は?」 「ゴルフ用らしいぞ」 「あたしが言ってるのは、そういうことじゃなくて」 「ホテルが貸してくれたんだ。傘なんて、この辺りじゃ売ってないとさ」 「だから、そういう……」 「ゴルフをやる外国人ぐらいしか、この島じゃ傘なんてささないんだと。雨が降ったら街も道も人も濡れる。当たり前じゃないか、と言われた」 「その通りだわ」 「その通りだけどな」 「あんた、泳ぎにいくんじゃないの? どうせ濡れるじゃないの」 「水着も売ってないそうだ」 「この辺りじゃみんな裸で泳ぐ訳?」 「さっきからビービー鳴ってるのは何だ?」 「持たされたケータイよ。電源は切ってあるけど、濡れると救難信号が出るそうよ」 「それくらいの音で周囲に聞こえるのか?」 「ずぶぬれになれば、ワンワン鳴り出すらしいわ。雨くらいじゃ周りも助けようがないでしょ?」 「やっぱり傘があって正解じゃないか」 「音だけなら、ビニール袋にでも入れておけばいいのよ」 「ケータイをか?」 「そう」 「この辺りじゃ、雨の日は、みんな着衣で泳ぐんじゃないのか?」 「どうせ濡れるから?」 「そうだ」 「晴れの日は、大抵トップレスだけどね」 「なんだと?」 「水着の跡が残るように日に焼けるのが嫌なんじゃないの?」 「俺が言ってるのは、そういうことじゃなくてな」 「じゃあ、どういうことよ?」 「……目の毒だ」 「はあ? 毒はあんたの頭にたまってんじゃないの?」 「かあさん、当たりだな。おきびきシスターズだ。雨なのにご苦労なこった」 「あら、ほんと」 「びっくりしてるのか?」 「少しね。あてずっぽですもの」 「母さんのあてずっぽが外れたことなんてあったか?」 「そりゃありますよ。じゃないと、生きていても楽しくないでしょ?」 「人生には他にも楽しいことがいろいろあるぞ」 「そうね。『たとえば?』って聞いていい?」 「もちろん」 「じゃ、たとえば?」 「水泳とか」 「お父さん、泳げたの?」 「海外か、でなきゃ人命救助のとき限定だけどな」 「そういえば、小さい頃ハルが溺れたこと、ありましたね」 「自分の指や腕を無くしても、最初から無かったことにすればいいし、忘れる自信もあるが、女房や娘はそうはいかん。だから、ちょっと本気出したんだ」 「どうして、いつもは本気出さないの?」 「知ってる奴に見られたら、恥ずかしい。あ、水泳の話だぞ」 「わたしも、お父さんとこうして話すのは楽しいわ。これも人生の楽しみのひとつね」 「俺がどういうことを話すかくらい、母さんなら分かるだろ?」 「いい映画やお芝居は、結末が分かっていても、何度見たって、楽しいのよ」 「ちがいない。……車はこの辺りにとめておくか」 「彼女たちがいる波打ち際まで、砂浜を歩いて行くの?」 「うん。なんか、まずいかな?」 「お父さん、遠くからでもすぐ分かる方だから、多分彼女たち、蜘蛛の子散らすように逃げて行くと思うわ」 「悪魔の親父だからなあ。『ハルヒを出せ〜。隠すとためにならんぞ〜』って感じか?」 「うずうずしてる。やってみたいのね?」 「悪役ほどおもしろいもんはないぞ、母さん」 「人生、楽しくって仕方がないって感じね」 「悩み事は、時間と精力があり余ってる若いやつらにまかせよう」 「とりあえず、どうします?」 「やっぱりこの手しかないか」 「何に使うの、このバット?」 「やりたいのは「矢ぶみ」だったんだが、拳銃はそこいらでいくらでも買えるのに、弓矢とか手に入らなくてな。とりあえず、このバットをあいつらの近くまでぶん投げるから、バットに油性マジックでハルヒ宛のメッセージを書いてくれ」 「なんでバットなの?」 「非常識だし目立つだろ。あと重心が端のほうにある長いものは遠心力をその分使えて、より遠くへ投げられるんだ」 「文面はどうします?」 「そうだな。『ハルヒへ、夕刻、この浜で待つ。おまえも女なら一人で来い。親父』でいいだろう。そうそうハルヒはHARUHIと書いといてくれ。でないとシスターズの連中が、あのバカ娘のことだと分からんかもしれん」 察するに、災難だったのは、置き引きの姉妹たちだった。 彼女たちは、この街の路地という路地、水路という水路を知り尽くしていたが、大きな街でたった二人の人間を(たった半日で)捜し出すのは相当な苦労だった。 俺たちを最初に見付けたのは、昔ハルヒが「助けた」このある少女だった。彼女が姉妹たちを呼び、一番小さい女の子が俺たちにバットを差し出した。 ハルヒはそれを左手で受け取った。 「来たわよ、バカ親父。なんか用?」 「よく逃げずに来たな。ご褒美にハンデをやろう。泳ぎで勝負なら、そっちも異存あるまい。但し、俺は「人命救助」じゃないと本気が出せんから、誰かに『溺れる役』を頼むことにしよう。指名はおまえにまかせる」 さすがに悪魔と呼ばれるだけの親父である。罠が何重にも仕掛けてある。 相手に選ばせるように見える個所はすべてまともな選択肢ではない。しかも選択の前提として、一方的な条件が提示されている。選ぶためにはそうした前提を飲まねばならず、普通なら自由意思を発揮できる選択という行為自体が、どちらの選択肢を選んだにせよ選択者を拘束していくのだ。 最後の「おまえにまかせる」も同様にえぐい。その含んだ意味は「まかせる」とは名ばかり、この勝負を受けるなら、危険な目に合う役割をハルヒが選ばなければならないという、命令なき命令、強要なき強要だ。 ハルヒの母さんは、親父さんの言葉を、おきびきシスターズに同時通訳していた。ワンテンポ遅れて、その意味を理解したシスターズたちは激高し、そして二人の少女が前に歩み出た。 ひとりは、ハルヒが「助けた」ことのある、ベテランの「溺れ役」だった。 もうひとりは、ハルヒとシスターズたちの家である船にいたとき、部屋を覗いていた、あの少女だった。 ハルヒの母さんが事情をおれに説明してくれた。 「人見知りらしいの、彼女。だから浜で大人たちの手を引くより、泳ぎがうまくなって、次代の「溺れ役」を目指しているそうよ。今日も先代のあの娘に稽古をつけてもらってたですって」 気付くと、おれも一歩前に出ていた。どう考えても、彼女たちを巻き込む話じゃない。シスターズの義侠心には心打たれるが、その手のものこそ、悪魔親父に狙い打たれるだろう。 ハルヒは前に出た3人を見て、ため息をついた。 「落ちたものね、他人を巻き込まないと勝負もできないなんて」 「ふん、さすがに引っかからんか。頭は冷えたようだな」 「おかげさまでね」 「その目……泣いたか。なるほど、ちっとは見れる面になった訳だ」 「言ってなさい。わかってるだろうけど、ハンデはいらないわよ」 「母さん、風向きが変わった。こりゃ、ひょっとすると、ひょっとするぞ」 「お赤飯なら準備してありますよ」 「だそうだ。思いっきり来い」 「言われなくても!」 勝負は一瞬でついた。それが勝負と呼ぶべきものだったとすれば。 いつもはハルヒのすべての攻撃を受け切ってから動く親父さんが、先に突きを放った。 ハルヒはそれを知っていたかのように左側に倒れながらよけ、親父さんの腕が伸びきったところで、それを鉄棒の要領でつかみ、腕を軸にして一回転した。回転の最中にもハルヒのカカトは、親父さんの顎とみぞおちを打った。親父さんは膝を突き、後ろ向きに倒れた。 「親父、ごめん」 「おいおい、マウント・ポジションとってから言うセリフじゃないぞ」 と言いながら、親父さんはハルヒの打ち降ろす掌打を、残った腕一本で奇跡的にさばいてる。 「あたし、あいつといっしょになる。そして幸せになる」 「まさか、こんな情けない状態で聞くことになるとはなあ。娘の顔とセリフは感動的なのに」 ハルヒは打ち降ろす手は止めないまま、涙を流していた。期待と不安と感謝の気持ちでいっぱいになった、明日の式を控えた花嫁のように。多分、ハルヒと親父さんの間で何かが終わり、また変わろうとしているのだろう。 掌打がひとつ、ふたつ、とクリーン・ヒットした。さすがの親父さんも、表情を歪ませる。 とどめだった。ハルヒの両手が親父さんの側頭部をつかむ。親父さんもこの機会を待っていたのか、ハルヒの手を払うかわりに、ブリッジのため頭の横に手をつく。ハルヒが自分の頭を、親父さんの鼻先に叩きつけた、ように見えた。ハルヒの体重がその瞬間前に移るのに合わせて、親父さんは足を突っ張り脱出をはかろうと目論んでいたのだろう。しかし親父さんの全身から力が抜けた。ハルヒの唇が、親父さんの額に「決まった」ので。 「やれやれ、おでこ、か」 「あ、あたしとしては最大限の努力と妥協の結果よ」 ハルヒは跳ね起きて、ぱっと立ち上がった。 「さあ、敬意は払ったわよ」 「オーケー。それで手を打とう」 親父さんは仰向けに倒れたまま、肩をすくめた。 「あー、もったいねえ。こんないい女に育って他人にやることになるんなら、あの時、死ぬ気で助けるんじゃなかった」 「なによ、それ」 「しかたがないか。思わず飛びこんじまったんだから」 「ツンデレよ、ハル」 ハルヒの母さんが、あの透明な笑顔で笑った。 「お父さん、照れてるのよ」 「母さん、あっさりとどめを刺さないでくれ」 いや、それはここにいる誰もが知ってると思います。 「あー、もったいねえ、もったいねえ」 「うるさいわよ、そこ。もっと他に、先に言うべき言葉があるでしょ?」 「ちぇっ、わかったよ……。ま・い・り・ま・し・た。 ……これでいいか?」 「結構よ……それと」 ハルヒがちらっと俺の方を見た。おれはうなずく。ハルヒもうなずき返す。 「それとね。……ふう、あの、いろいろ、その……ありがとう、お父さん」 その日の夕食は、すばらしいものだった。ハルヒの母さんが「本気」を出したのだ。 「赤飯まで!ほんとに準備してあったんですか?」 「昔の人の知恵って偉いわね。ほら、お手玉。」 「へ?」 「あれの中って、小豆が入ってるの。もち米だとか、蒸すためのせいろとかは、中華街に行くと手に入るし。中華街なら世界中の大抵の都市にあるわ」 「ってことは、お手玉をいつも?」 「旅行って、待ち時間ばっかりでしょ。手を動かすとまぎれる退屈さもあるの。うるさいのが二人もいて、私は退屈しないと思ってた?」 「いや、そんなことは」 「キョン君は、明日みたいにお天気のいい朝を寝坊するのが幸せなタイプね」 「ははは。そうですね」 「ちょっと、キョン!いつまで食べてんのよ! 花火するって言ってあったでしょ!」 いつもの奴が、いつものようにズカズカとやって来た。 「ほらほら」 とハルヒの母さんは笑う。 「もう食べ終えたさ。ちょっと話をしてただけだろ」 「なに、母さんに見とれてたの? 何度もいうけど人妻よ」 「おまえはおれに、あの人と死闘しろっていうのか」 「悪魔の親父よ。手加減しないわよ」 「花火をやろう。その話は、夢に見そうだ」 俺はハルヒの手を引いて、コテージのベランダから、夜の砂浜へ出た。コテージの光が落ち着くくらい暗くなるところまで言って、なにかずるい手で持ち込んだのだろう、火薬の固まりの袋を取り出した。 「あんた、線香花火なんてベタなもの、いきなり出してどうするつもりよ」 「どうするって、火をつける」 「それは最後にするもんでしょ。で、じーっと火の玉を見て、自分のが落ちたらがっかりして、相手のが落ちたらバカにすんの」 「それこそベタだろ」 そして、「家族旅行」の最後の日の朝。 目が覚めると、ベランダにひとり親父さんが残っていた。 「何か、食うか? サンドウィッチなら作れるぞ。あと時間さえあれば大豆から豆腐もつくる」 「親父さんが?」 片手でか? 「人間、不便すると、なんとかするもんだ。実をいうと、ここに作った奴がある。サンドウィッチだけだが、好きなの食え。……母さんの大好物なんだぞ」 親父さんは、トレイを俺の前に置いてくれた。俺はひとつ食い、二つ目に取りかかろうとした。 「うまいです。……あれ、その本?」 「ん?ああ。昔、読んだことがあるんだがな。昨日、置き引きシスターズにもらったんだ。連中は、悪魔がいつも日本語に飢えていると思ってやがる。つまりお供え物って訳だ」 「おもしろいんですか?」 「穴があったら飛び越えて、どこかに走り去りたくなるほどだ。猫マニアのロリコンが、コールド・スリープとタイム・マシンを使って、出会った時には6歳だった女の子を『俺の嫁』にする話だ。今なら発禁ものだな。福島正実入魂の訳だと、こうだ。『もしあたしがそうしたら——そうしたら、あたしをお嫁さんにしてくれる?』。萌えるだろ?」 「ええ、まあ」と俺はあいまいな返事をした。誰だって、この場合、こうするだろ? 「なんだ、つまらん」 俺が乗ってこないのがわかると、親父さんはテーブルの上に本を投げ出した。 「食えるだけ食ったら、ちょっと歩かないか? ここの海もしばらくは見おさめだ」 「また来たいです」 「今度はおまえらが、おれたちを連れて来い。海外でやると余計な奴を呼ばなくていいから、意外に手間も楽らしいぞ。ちなみに俺の兄貴は神主をやってる、本職は教師だが。よくある話だな」 「実家、神社なんですか?」 「俺も資格だけはとったぞ」 絶対にちがう神様のにしようと、この時の俺が硬く誓ったとしても、誰も責められまい。 親父さんと二人、海に添って歩いた。 「あれで腕、折れてなかったんですね」 「途中で手を離しやがったんだ。娘に手加減されるようじゃ、おしまいさ。まあ、いい時期だ。子離れ、親離れ。俺たちにも時間はたっぷりある」 親父さんはにやりと笑って言った。 「ボコられながら、あんなセリフを聞いた親父なんて、世界で俺くらいだぞ。ほんとに、あんな奴でいいのか?」 「はい」 「まあ、どうしようもないバカだが、あれでも大事な娘なんだ。よろしく頼む。……返すといっても、引き取らんぞ」 「はい」 その後、聞いた話をひとつだけ記しておきたい。 いつもはハルヒに先手を取らせる親父さんが、なぜあの時に限って先に動いたのか? 「勝ち急いだんだ。小便に行きたかった」 親父さんがゲラゲラ笑ったので、おれもつられて笑った。この話はこれで終わりにした方がいいという意味だと思ったので、俺は思うところはあったけれど、それ以上聞かなかった。 「まあ、なんといおうと負けは負けだ。そうだろ?」 砂浜をしばらくいくと、二人分の足跡が残っていた。足跡の先には、美しい母親とその娘が歩いていた。おおきな身振りをまじえて、髪をくくった娘の方が何かを熱心に話している。 「ハルヒたちだ」 「キョン君、伏せろ」 親父さんに、いきなり砂浜に押しつけられるように倒された。 「ててっ。……どうして隠れるんですか?」 「あー、つまり……」 親父さんは小さく咳払いした。 「いい絵はな、少し離れて見るのがいいんだ」 そして横を向いて、アヒルの口になる。どこかの誰かにそっくりだ。 「……つぶされて倒れてる俺一人カッコ悪いですね」 「ひがむな。そのうち、おまえの時代が来る」 「……」 「その時がきたらメールででも教えてやる」 * * * * 旅から帰った次の日はもちろん、一日中眠った。 ハルヒからは再三、俺の安眠を妨害するメールや電話が矢のようにかかってきたが。その度、眠そうに対応したせいか、ハルヒの電話の声はいつも怒っていた。 「なんで、あんたは、そんなにグーグー、いつも寝てるのよ! どんなのび太よ! 今のあたしほど、暗記パンとどこでもドアを必要としている人間はいないわね。もちろん食べるのはあんたよ!」 まあ、いつもと、ホンの少し違っているという程度だと、その時は思ったのだが。 「要するに、端的に言い換えて、短く言えば、独り寝がさびしいって言ってんのよ、あたしは! ……げ、親父、なんでそんなとこに立ってんのよ!」 「よお、キョン。時代がきたな!じゃ」 「こら、親父!待ちなさい! キョン、いまのどういう意味? 後でしっかり聞くからね!」 「そのうち」ってのは、早速ですか! というより、帰ってきていきなりですか、親父さん。 電話の向こうで、遠ざかる二人の足音を聞きながら、あの親父さんに一矢報いるためにあいつにまた「逃避行」でも持ちかけたらどうだと、不意に頭を占拠したアイデアを、俺は心の中で両手をクロスしながら、懸命にダメ出しするのに忙しかった。 ーーーおしまいーーー ハルヒと親父3 — 家族旅行プラス1 シリーズ ハルヒと親父3−家族旅行プラス1 その1 ハルヒと親父3−家族旅行プラス1 その2 ハルヒと親父3−家族旅行プラス1 その3 ハルヒと親父3−家族旅行プラス1 その4 ハルヒと親父3−家族旅行プラス1 その5 ハルヒと親父3−家族旅行プラス1 その6 ハルヒと親父3−家族旅行プラス1 その7 ハルヒと親父3−家族旅行プラス1 その8 家族旅行で見る夢は (家族旅行プラス1のスピンアウト作品)
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翌日。 何を期待するわけでもなく無意味に靴箱の奥を覗いてみたりしながら教室に辿り着くと、ハルヒがほおづえをついて窓のほうを向いていた。いつものことだと思って俺はようとだけ声をかけ、ハルヒの前の席に腰を落ち着ける。それでもまるで反応がなかった。 とことん解らんヤツだ。昨日まで七夕だ夏合宿だと騒いでたというのに、明けてみれば省エネモードになってやがる。最近は機嫌がよすぎたから個人的に調整でもしてるのかね。ああ、それとも何だ、憂鬱症候群がぶり返しでもしたのか? 「…………」 ううむ、気味悪いほど無言である。顔の表情一つ動かさない。 デフォルトで無口じゃない奴が唐突に無口になったりすると周りにいる人間が困るんだよな。ハルヒの場合は躁鬱病的にやたらテンションが高いときと低いときがあるわけだが、それにしたってハルヒ、お前との沈黙は長門の沈黙ほど心地よいものではないな。 「…………」 「何か、あったのか?」 依然動きなし。カラクリ仕掛けの人形みたいに視線を窓の外の空に固定したまままったく動かない。窓ガラスが映すハルヒの目は魂が抜けていた。 「喋れよ」 「……うるさい」 この始末である。俺はさすがにこのまま前を向く気にはなれずに、 「昨日までの元気はどうしちまったんだ。合宿でみんなと遊びまくるとか言ってうるさかったのに」 一瞬、ハルヒの目が大きく見開かれたような気がした。取り調べでまずい証拠を提示された容疑者のような表情だ。 「昨日、何かあったんだな? 九曜――長門たちと」 「退部するって」 は? ハルヒは一言だけ呟いて後はひたすら黙った。ちょっとしてから俺の顔を睨んで机に伏せようとしたが、何を思ったのかやめて、またガラスの外の世界を眺めた。凛として威厳に満ちあふれた生意気な顔である。 俺は状況が読み込めなくなって、数回ほどハルヒの言葉を頭の中で繰り返した。 退部するって。 いや、何が。昨日九曜たちと何があったのか。退部するって。退部? 退部って何だ。部活を抜けるというアレか。それ以降、退部したヤツは部活に来ないっていうアレだ。 部活? そんなもんは決まってる。SOS団だ。それを退部するって。なに? 俺の頭には大量のクエスチョンマークが飛び交い、予想外すぎる出来事に少なからず戸惑っていた。そして俺の目の前で空を見つめ続けるハルヒ。なんだ、なんなんだ。 「やめるってさ。三人とも、SOS団をね」 「はあ!?」 教室中に響きわたるような声で叫んでいた。セミまでもが鳴きやんだように感じた。 頭がふっとんだ状態になって、まるで紙に染み込む赤色インクのように、時間が経つにつれじわじわと浸透してくる現実味。SOS団をやめる。九曜と偽古泉、偽朝比奈さんが。口あんぐりでハルヒの顔を見返した。やつは強気な顔で、ただほおづえをついて唇を結んでいた。 どう言葉を発していいものやらさっぱりだ。まだホワイトモードから立ち直れない俺の頭に、言うべき言葉の代わりに妄想が走馬燈のごとく浮かび上がった。 部室にいるのは俺とハルヒだけで、長門も朝比奈さんも古泉もいない。もちろんパソコンは二台だけだし、大量の本もない。朝比奈さんがいないのだからコスプレ一式もなく、ボードゲームもない。ただ、去年の四月にハルヒが持ち込んだ雑多なものばかりが妙に寂しさを演出している文芸部室――。 そこでは、俺はハルヒと一対一で口論しあうだけの存在であり、だったら野球大会なぞに出られるわけもなく、映画撮影だってできないし、まさかとは思うが合宿も二人だけだ。空虚という言葉がこれほどまでにしっくりくる例が他にあるだろうか。 そんなバカな…………。 俺は妄想を振り払った。 「冗談だろ?」 ハルヒは怖いくらい冷たい表情を変えず、姿勢もまったく変えない。俺の問いかけに答える気はないらしい。 待て待て。なんなんだこれは。あの三人が部活をやめるらしい。昨日までずっと何かの変化があったから、その続きのつもりなのか。長門が消えて朝比奈さんが消えて、古泉が消えるのと入れ替わるようにして周防九曜、ダミーの朝比奈さんと古泉がSOS団に侵入してきた。そして今日になったら侵入してきた三人が部活をやめると言っている。 いったいどこへ向かうんだ。 俺とハルヒを二人にして何が楽しい。そんなことをして何の意味がある。SOS団は五人でないとダメなんだ。 「何でそんなことをしやがった……」 「知らない」 ハルヒは口もとをぴくつかせ、同時に肩も震わせていた。俺もさすがにそれ以上何か言えるわけでもなく、また得られる情報もないだろうとおとなしく前を向こうとした。 その時、前を向く寸前、俺の視線がハルヒからはずれる寸前、俺は見てしまった。毅とした表情のハルヒが、最後の一瞬だけ、この世のあらゆる戸惑いと哀しみを背負ったような表情をしたのだ。眉がよって、目は曇り、唇はギュッと結んだままで。俺はそれを見たとき、何だかわけの解らない激しい感情を覚えた。 こともあろうか、ハルヒを巻き込みやがった! タブーをこともなげに使ったのだ。世界改変が起こるからとか情報爆発が起こるからとか、うん、まあそれもあるだろうが、何て言うべきか……とにかくハルヒをこの事態の渦中にぶち込んではならなかったのだ。それも、部活をやめるという超直結型で。最悪級だ。根底を覆すような真似をしてくれた。退部する? ほざくんじゃねえ。今さら切れる縁じゃないんだ。事実俺は退部なんてことは頭にもなかった。想定外にも程がある。 「おはようっ」 憎らしいほど快活な声をして担任岡部が入ってきた。 ハルヒにつられて空を見れば、雲一つない快晴だった。もうどこかに行っちまった梅雨前線が戻ってきて仕事してくれればいいのに、憎らしいほどカラッとして暖かい陽気だった。嫌になる。青天の霹靂でも起こればいいのだ。 * 退部する――。 ハルヒの憂鬱が空気感染するものだったのか知らないが、はたして俺は三時限目が終わるまで自分の机を動けずにいた。ハルヒはよくも集中力が長続きするもんだ、アヘン中毒者のような目をして延々と空模様を眺めるばかりである。残念ながら雨が降り出すようなことはなさそうだ。 どうしていいものやら、俺はショック症状の最中にいた。 真相を知らないハルヒのショックは察するだけでも痛いが、俺とてまさかこんなことになってみようとは想像もしていなかった。頭はさっきから謎な妄想を繰り広げるばかりで、もはやまともに稼働しなくなっている。 おかげで授業はさっぱり聞けやしない。右から入って左に抜けるだけならまだしも今日は右に入る前に完全にシャットアウトされており、その代わりに頭の中で壊れたフィルムがずっと同じ部分を繰り返すがごとく退部という熟語が渦巻くのはどうにかして欲しい。 古泉を徹底的に言及してやろう。 俺が古泉に言い寄ることを思いついたのは、休み時間、後ろのハルヒと仲良く仏頂面で地蔵になっている最中のことだった。偽物でも奴ならば説明好きに違いないのだろう。 もはや躊躇う必要などない。俺は教室を出て廊下に繰り出した。もういい。納得できるまで説明させてやる。 「やあ」 そう決心したはいいが、俺は早速出鼻をくじかれた思いになった。ギョッとしてそいつの顔を見る。 「風邪は大丈夫なんですか?」 まるで俺が出てくるのを待ちかまえていたかのように、そこには古泉一樹の含み笑いの顔があった。いや、事実待ちかまえていたのだ。九曜の手下ならそのくらいはする。 「どうだろうね。最近はもっぱら精神病にかかってるように思えてならねえよ」 「そうでしょう。まだ精神を病んでいなかったとしたら、そちらのほうが異常です」 「何で急にSOS団を抜けるなんて言い出しやがった。昨日の今日だろ」 「そうですか? それほど急でもないと思ってたんですけどね。あなたも御存知の通り、我々は先日から涼宮ハルヒの情報改変能力を利用して、我々が涼宮ハルヒを観測する上で障壁となりうる存在を次々と削除してきました。順調に行くかと思われましたが、思わぬ事態になってね。涼宮ハルヒにあなたを消すようにし向けてもなぜかあなただけは抹消されなかったんです。それどころか我々の支配に対する涼宮ハルヒの反発力がどんどん強くなってきはじめまして、このままではせっかく削除した存在が復活してしまうようなことになりかねませんでした。そこで仕方なく、九曜さんや僕、朝比奈さんが一時的にこの世界に潜入したわけです。退部という形で、涼宮ハルヒの記憶から元の世界の三人を完全に切り離すためにね」 俺は絶句しながら、ああなるほどとか頭の隅で思った。 ハルヒの記憶には消えてもなお、まだ長門や朝比奈さんや古泉の輪郭が残っていたのだろう。さらに外部から圧力がかかってるとなれば、そこは黙っているハルヒではない。無意識状態でもかなりのタチの悪さだ。結果、ハルヒは抹消しちまった三人を取り戻そうと九曜の頭脳支配に反発する。しかし九曜サイドとしては、あの三人がいてはハルヒの観測をする上でどうしても邪魔になるのだった。どうにかしてハルヒの頭にこびりついている三人を取り除かなければならない。どうすればいいか。もともとハルヒとあの三人でつながりがあるのは部活だけである。だったら、その部活をやめてしまえばハルヒとのつながりはなくなり、ハルヒも未練だけで長門たちを呼び戻そうとはしないだろう。 と、そんなところか。 しかしそんな話をよくも俺に向かって堂々と言えたもんだな。 いや、違うね。どうせこいつだって九曜の手下だ。感情とかいう高等な概念は持ち合わせてないんだろうよ。俺にこんなことを隠しもせずに話して、俺がどんな思いになるのかもまったく予測できないのだ。九曜は確かに脅威だが、月並みの感情を持ってないところが穴だったな。 おかげで俺は決心がついちまった。 絶対、ハルヒに正しい長門、朝比奈さん、古泉のことを忘れさせたりするもんか。そんくらいの努力なら俺だってできるんだ。 「おい古泉、お前、残念だったな。やっぱり長門のほうが高性能のアンドロイドらしいぜ」 偽古泉は何を言っているのかさっぱり理解できない、といった感じの表情をして俺を見ている。この際だ、病人を見るような目でも何でもしやがれってんだ。この一年で長門が獲得した感情ってのはな、ずいぶん貴重なものだったらしいぞ。この古泉を見てたら、それがはっきりと解った。 * 始業のチャイムで俺と偽古泉は別れた。もう二度と会うこともないだろう。あんなヤツ、俺が会いたくない。部活をやめるということが、俺はともかくとしてハルヒにどんな影響を与えるかだけは理解しておくべきだったのだ。こういうことを俺がうまく表現できる自信はないが、ようするにあいつもまた人間だってことさ。もちろん感情だってある。あいつらとは違うんだ。 * 昼休み、俺に机を寄せたがる谷口と国木田をスルーして俺は部室へと向かった。弁当を持って行くべきかどうかと思い悩んだが、そんなに悠長にやってる場合でもないだろうから教室に置いてきた。昼飯ぐらいいくらでも我慢してやる。 部室への道のりで偽朝比奈さんやコンビを組む鶴屋さんとすれ違ったりすることもなく、俺は順調に部室に到達した。このまま開ければ誰もいないか、あるいは九曜がいたり、もしかするとハルヒが何かやってるのかもしれんが、俺はあえて通常空間の中を確認することなくポケットから鍵を取り出した。思わぬもんを見ちまうと、心証が悪くなる以上に動揺するだろうからな。これ以上疲れるのはうんざりだ。 TPDDを原材料とした鍵を扉の鍵穴に突っ込んで回すと、どこかでカチャリとかいう音が聞こえたような気がした。回して開く。 「おっと、早速戻ってきたんですか? 何か忘れ物ですか?」 クリーム色の空間、物理的に物音一つしないこの部屋に入った俺を出迎えたのは、ハンサムスマイルの古泉だった。頭が痛い。見かけ上、こいつはさっきの偽古泉とまったく同じだからな。 「いや、こっちはもう一日くらい経ってるんだが。昼休みにちょっと来させてもらってるんだ」 「何と、本当ですか……。驚きですね、こちらではあなたが鍵を手にして出ていってから一分弱ほどしか経ってませんよ?」 古泉は心底意外そうな顔をしており、ちょっと視線をずらせば朝比奈さんもまた口に手を当てて驚いてらっしゃる。存在自体がデタラメな空間なだけにそういうディテールに凝った質問は黙殺することにする。俺は部室の奥でパイプ椅子に座っている万能宇宙人に目をやった。どうせこいつが何かしたに違いない。主観時間と客観時間にずれを生じさせたとか、やり方ならいくらでもあるだろう。 「それどころじゃないんだ。大変なことになった」 俺は一日にあったことを包み隠さず三人に話した。 偽者が現れてSOS団をやめる、とか言ってきたこと、その理由について偽古泉から聞いたこと等々。 長門は黙々と、朝比奈さんは場面場面で表情を曇らせたりしながら、古泉はちょうどいいタイミングで相槌を打ちながら俺の話を聞いていた。そんでもって俺はここに来たのだと言うと、口をつぐんで三人の顔を眺めた。 「涼宮さんは……。キョンくん、涼宮さんの様子はどうでしたか?」 珍しくも沈黙を破ったのは朝比奈さんだった。 「そうですね。やっぱ普通じゃなかったです。俺が振り返るといっつも窓の外ばっか見てるんですよ、あいつ。授業中も」 さすがに言葉を切った。くだらん感傷だけど、ハルヒのためにね。 「ちょっと、まずいかも……。これは、禁則になるんですけど、SOS団が解散したり涼宮さんとあたしたちの間に大きなわだかまりができるのはどんな未来にとってもいいことにはならないんです。あたし、映画撮影のときに涼宮さんとキョンくんがケンカしたときに何か言ってたでしょう?」 「ああ、そういやケンカはダメですとかって言ってた覚えがありますね」 あれはそういうことだったのか。俺がもしSOS団をやめると、未来にどう反映されるかはいまいち解らんが。 「僕も同感ですよ」 古泉が首を突っ込んだ。 「僕の立場から、というわけでなくとも、涼宮さんに直接手を出すのはある意味タブーです。しかも、SOS団から抜けるなどということをするなんて論外ですよ」 「ハルヒの精神に手を出すと面倒なことが起こるからか?」 古泉は意外そうな表情を作ってを俺に向け、 「ほう、あなたはそうお考えなんですか? 僕に言わせれば、そのこともありますけど、もっと純粋な部分もあると思いますけどね。それでも解らないようなら、僕はあなたに対する尊敬を失いますよ。これは僕の専門外ですが、あなたにとっては専門分野ですよ」 ふん。 お前に言われるまでもない。あのあまりにも虚しい様子のハルヒを見てれば、俺じゃなくたってそんな気持ちになるね。正直俺は退部されたってことよりもハルヒがあの状態だってことのほうがよっぽどショックなんだ。 「それを聞いて安心しました。僕がわざわざ忠言するまでもないでしょう。これからどうするかは、すべてあなたにお任せします。あなたなら、おそらく僕たちの誰よりも涼宮さんを解っているでしょうからね」 古泉は長門と朝比奈さんに目を向けた。そうでしょう、とでも言うかのように。 「キョンくんなら大丈夫です。あたしは結局あんまり役に立てなかったかもしれないけど、キョンくんはその鍵を持っているでしょう?」 長門もついと焦点を俺に持ってきて、 「わたしも、ここで待ってるから」 何だか示唆的なことを言って読書の海へと戻っていった。 * 「ふぅー……」 ハルヒがようやく言葉を発した。と思ったらため息だった。それで俺は、ハルヒは今の今までため息すら一度も吐いていなかったのだと気づいた。 そろそろ夕日が空に浮かぶ頃合いだ。掃除当番がせっせと働いているときからハルヒは窓の外を見っぱなしで、掃除当番が引き上げた後もその調子だったため、疲れるだろうと思って俺は購買で飲み物を買ってきてやった。さながらマネージャーのように俺がブラックコーヒーを差し出すとハルヒは黙ってそいつを手にした。現在、ブラックコーヒーを飲み終わったハルヒは、まだ空き缶を手でいじりながら窓から外を眺めている。そんなに面白い世界でも広がっているんだろうかね。窓の外にはよ。 俺のどこか深いところでいい加減ふっきれちまえと自分に向かって呼びかけているのが解る。だが俺はあえてその感情を押し殺した。これは俺に対する試練ではないからだ。俺の心なんてのは決まっている。問題は、ハルヒがSOS団という団体をどう考えているかだった。 あの偽古泉は俺にわざわざ説明してくれたのだ。ハルヒの無意識が勝手に暴走して長門や朝比奈さん、古泉を抹消した。そしてその力が俺に向けられようというときになって、ハルヒの無意識がとうとう九曜の頭脳操作に反抗したのだ。反抗の力はどんどん強まり、ついには抹消されたはずの長門たちをも復活させようという勢いになっている。 そこでの退団宣言。 俺は、ここがハルヒを変える大きな分岐点だと思っている。もしあいつが本当にSOS団に――お遊びサークルではない、宇宙人、未来人、超能力者がいる団体という意味でのSOS団に――未練を感じているのだとしたら、本物の長門たちは復活するし、ハルヒが俺に向かってそういう仕草をするに決まっている。しかしもし、SOS団をただのお遊びサークルだと捉えていたとすればSOS団は復活しない。どんな葛藤があってもハルヒは最終的に、まあ仕方ないで済ませてしまう。あいつの人格なら別のお遊びサークルを作ることなんて簡単だからだ。代用がきく。ただしそれはSOS団とは違って、謎的存在は一切含まれない代用品だ。 それで納得するなら謎的存在はハルヒにとってはもう必要ないということになる。近頃のハルヒを見ていると、どっちになるかは正直かなり微妙だった。 「キョン、あんたも部活をやめるの?」 「俺は続けるさ。もしお前と二人だけになっても、たぶん卒業までな」 俺は即答した。もしハルヒからこういう質問がきても、絶対にこう答えようと決めていた。 俺の気持ちはすでに固まっている。これはもう最低限のプライドと意地の塊なのだ。 「別にあたしに気を遣わなくてもいいわよ」 そんなつもりではないと言おうとしたらハルヒが続けた。 「……こんなこと、言わせないでよね」 言うかどうか迷ってから言ってしまって後悔したような顔をしている。それからムッとした顔になると、ブラックコーヒーの空き缶を窓の外に放り投げた。 缶だけが窓の外の世界に、放物線を描いて飛んでいった。 「とりあえず、合宿は取り消しね。このままじゃ行っても意味ないから。ああ、鶴屋さんにも伝えとかないと……」 行っても意味がない? そうじゃない。違うのだ。なぜなら退団したのは偽物の長門たちだからだ。本物はちゃんといて、合宿にも付き合ってやるつもりなのだ。 俺は猛烈にそう進言したかったが、言ってやるわけにはいかない。合宿が取り消されるかどうか、ひいてはSOS団がなくなるかどうかを決めるのはハルヒの心なのだ。お遊びサークルで済ませてしまうか否か。 「帰るっ!」 ハルヒが吐き捨てるように言って席を立った。鞄を持って、入り口に向かってずんずん進む。小さくなる後ろ姿。 俺は絶望した。 もはやSOS団は消えるしかない。ハルヒの好奇心は薄れ、謎的存在は不必要なものになってしまったのだ。 これからどうしようか……。 どうしようもなく途方に暮れていた俺は、次の瞬間、自分の曇った窓ガラスのようになってしまった眼を大きく見開いた。思いも寄らぬ光景が目に飛び込んできたからだ。 俺はその光景に目をとられ、釘付けになった。 そこには、絶対にさせてはならない、見てはならないものがあった。 ハルヒの黒目がゆらゆらと揺れて、そこから生み出される宝石のような、真珠よりもルビーよりも貴重なたった一滴の何かが流れ出ていた。 このときの俺はさぞかしアホな面をしていただろうな。 俺の中の何かが音を立てて崩れていった。それとともに俺はようやく悟った。ハルヒの言葉にならない言葉が俺には伝わった。 こうなったらどうするかも、実は既に決めてあった。 「ハルヒ、来い!」 俺は意を決してハルヒの手を取った。顔も見ずに走り出すと、ハルヒは抵抗せずについてきた。向かう場所はただ一つ、SOS団の部室だ。教室を飛び出して廊下を抜ける。 いつだったか、こんなことがあったな。あれはハルヒに言わせれば夢世界の出来事だが、今は違うぜ。ハルヒが否定しようがしまいが、これは現実だ。そして俺は、ハルヒにこれが現実だと解らせてやる必要があるのだ。周防九曜とその手下どもこそが、ただの夢に過ぎなかったのだと。 なぜなら、ハルヒがそう望んだからだ。 通い慣れた部室棟にはあっという間に到着した。二階に続く階段を上り、コンピ研を通り過ぎてその横の文芸部室もといSOS団部室の前で走っていた足を止める。 「ちょっと、キョン?」 ハルヒが何か言っているが、今は無視するしかない。何か言うのはこの中の光景を見てからにしてくれよ。 もちろん、普段の放課後のようにそのまま扉を開けたら、そこにいるのは偽朝比奈さん、偽古泉、そして周防九曜である。あいつらなら、今頃SOS団を抜け出せて不安定要素がなくなっていい気分になってるだろう。奴らを見たら即刻束にして七回斬り捨ててやりたい気分だが、今行かねばならないのはあいつらのところではない。本当のSOS団のところだ。 ポケットから鍵を出すのすらももどかしい。朝比奈さんのTPDDを使って作られた、超空間移動プログラムが書き込まれているという鍵。それを木製の古ぼけた扉の鍵穴に差し込み、回した。 カチッ。 解錠された。 俺は後ろで立ち尽くしているハルヒの手を取ると、うつむいているハルヒを見て言った。 「ハルヒ、すべてを思い出せ。あるいは気付きやがれ。SOS団はお前がそう望んだからできた団体だったんだ。今もお前はそう望んでいる。だってのに、途中退団なんかできるわけねえだろうが」 ハルヒが顔を上げる。妙な驚きにまみれたような、初めて見る気抜けした表情だ。 「よく見ろよ。これが本当のSOS団だ」 扉を開けて、中に足を踏み入れる。俺とハルヒは暖かいクリーム色に包まれた。 そこには――、 「やあ、これはこれは涼宮さん。どうでしょう、僕を覚えてくれてますかね。もし忘れてしまっていたとしても、僕は卒業までお付き合いするつもりですよ」 「あっ、あの、涼宮さん……。あたし、あんまりお役に立てないけど、がんばるのであと一年よろしくお願いしますっ」 「わたしは、これからもここで本を読み続けるから」 精神概念体の、長門、朝比奈さん、古泉がいた。 それぞれいつもの定位置に。ああ、そうさ。これが紛れもないSOS団だ。背景がクリーム色だろうと、三人の実体がなかろうとそんなことは関係ない。ハルヒ、これが真実なんだよ。宇宙人と未来人と超能力者だ。 「おい」 俺もまた、半分口を開けて呆然としている憎らしいくらい整ったその顔に言ってやる。 「俺らはまだ人間やってる。機械とはけっこう違ってるんだぜ」 「そんな……」 ハルヒは口から呟きを漏らし、それから油ぎれロボットのような動きで首を回して部室内を眺めた。 混乱してもいい。夢だと思っても構わん。 でもこれは、お前が選んだんだ。だからお前の深層意識は、絶対にこれがどういうことかを理解しているはずだ。ここはお遊びサークルではない。このヘンテコな空間がそれを物語っている。 ハルヒの目が、一人の団員のもとで止まった。 小柄なセーラー服姿の、読書好きの団員。そいつだけが偽者と本物の姿が違っていて、偽物は周防九曜が成り変わっていた。ハルヒはこいつが誰かを知らないはずだった。 「――有希」 そう言ったのはハルヒだった。 どこかで轟音がしてくる。頭の中なのか、それともこの校舎が突貫工事でも始めたのか。だったら避難をしなければならない。 そんなことを意識外で思った次の瞬間、俺は猛烈な吐き気を覚えた。大地震でも起きたのか、激しい揺れが起きた。無重力下でぶんぶん振り回されているような感覚である。揺れは収まることなく俺らをかき混ぜ、やがては風景が消失してまばゆい光が射し、俺は目を開けていられなくなった。いかん。網膜が焼かれたかもしれん。上と下が入れ替わる。光速のようなスピードで、これは上がっているのか、それとも落ちているのか? それすらも解らん。ハルヒはどこに行った。俺はどこに向かっているんだ。反転しながら吹っ飛ばされる。どこへ。四年前の七夕か。朝倉涼子と脇腹の激痛を思い出す。今度は周防九曜か。ふざけるな。あいつなら宇宙の果てに飛ばしちまえばいい。そして戻ってこい、宇宙人の長門。